緩慢な死と唐突な死

 人は何で生きているのか・・・などという青臭いテツガク上の問いなどには答えたくもないが(と、エラそうに言ってるけど答えられるわけじゃないw)、人間は結局、死に向かって生きているのだということを漫然とでも意識さえできればそれでいいのかな、と。

 緩慢な死。生きているという自意識はバリバリあって、細胞は新陳代謝して生まれ変わっているというのに、自分という本質は、ていうか肉体も精神も再生しながらも死に向かって歩いている。

 結局死ぬわけで、それがいつなのかわからないだけ。否、死ぬことがわかっている場合もある。でも日程を組んで死ぬわけでもないし(自殺以外は)、何で人は死ぬのかなーなんて考えているうちに死がやってくる。

 唐突に死がやって来る場合もある。事故や急性の病気で。心構えもなく、うそっ?って言っている間に死んでしまう場合だってあるわけだ。死んだ本人も周りもわけがわからずうろたえる。思考停止して社会の手順に沿ってことを進めるだけしかできないが、こんな耐え難いことがあるのかとしか思えないだろう。

 緩慢な死と唐突な死。どちらもこの世からいなくなる。何で死ぬのか?周りの人もましてや自分自身もどちらかでもって死んでゆく。人間は何で生きているのかっていう問いは、何で死んでゆくのかと同じ。

 ただ言えることは、死について考えておくということ。こわいからいつも避けてばかりいたけど、自分自身が死に向き合ってそれってどんなもんなのかと思考しておいたほうがいい。そして周りの人とその思考を共有しておいた方がいい。それってあたりまえなことなのかもしれないけれども、今頃になってそう思う。ていうか今頃になって気が付いた。

 自分自身の死を思え。いちばん考えたくないテーマだな。

 今日の国分寺は晴れ時々曇り。雨は降らなかった。明日は定休日です。また水曜日に。

 今日の気になる一冊は、「よふかし文庫 No.2」本×小金井プロジェクト。フリーペーパーなんだけどおもしろい。やりたいことをやっているんだなーという感じが伝わってくる。いいな。チラシコーナーに置いてあります。

 今日流れているのもリュートです。
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by yoshizo1961 | 2018-09-17 17:03 | 虎の穴あれこれ | Comments(0)
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