本日はアーカイブス:「またしても自問自答する」

 本日はアーカイブスです。カテゴリは虎の穴あれこれ。2016年4月20日に書いたものです。


「またしても自問自答する」

 スギがおさまったかと思えば続いてヒノキ花粉が飛びまくって鼻腔はメタメタだけれども、分厚い服を着なきゃいけなかったくそ寒い冬もとうの昔に終わり、すぐさま花粉の春も終わり、いやもう終わったな、と思えば気も軽くなるかと思えば、そうでもなし。

 毎日毎日生きてゆくためにあれやこれやと考え動き、子どもの頃なら遊びが仕事だったので今と同じくあれやこれやとあったと思うが、それでもそんなに責任を持って遊んでいたわけではなく、どうでもいいことも大事なことも一晩寝ればリセットされるような毎日だったような気がするが、大人になってそれもいい歳になり、ほぼ最終コーナーまで見えるようになった今、一晩寝てもまったくリセットされない毎日が、つらいようでそれでいていつか成るようになるとほかしている自分。

 あーあ。と投げやりに嘆いていればどうにかなるならいくらでも嘆いてみせるが、そんなわけもなく、どうにもならないことはいつまでたってもどうにもならず。嘆くよりもその時間を動くしかないのであると、こうして書き連ねるなかでやっと気づくというていたらく。

 みんなそれぞれ悩みや問題を抱えていても、それでもはたから見れば普通な顔で生活しているように見えるわけである。なんでもかんでも上手くいって、問題なしリア充な人なんていないと思うが、人間を生きてゆくうえでどうにか乗り越える、または、ぶち破らないといけない壁が毎日毎日目の前に立ちはだかると、思考停止状態寸前まで崩壊しがちな脆弱精神になり、時として逃避しようとしてもいずれ対峙しなければならない現実からは避けられず、また、避ける気もないしとうそぶいて見せる自分の中の自分だけが頼りで、ま、何を言いたいかというと、とにかく目を見開いて倒れるまで前進!ということなんでしょうか・・・。

 弱気と強気が交錯してもつれあい、重ね合わせ状態。自分の中にある希望という生き物は死んでいるのか生きているのか。否、そのどちらでもなくどちらでもある。重ね合わせそのものが自分自身なら、生きているのか死んでいるのかはフタを開けて見て見ないことには確定せず、それでも生きている方に確定したいので、とにもかくにも動きを止めずどうにかなるまでバタバタしていようと。

 とても私的な自問自答の一日でした。

 今日の国分寺は雨。

 今日の気になる一冊はお休みします。

 今日流れているのは、リュートです。
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by yoshizo1961 | 2018-09-15 12:51 | お店あれこれ | Comments(0)
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