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宇宙が見たくなって

 宇宙が見たくなって、よく晴れた夜に空を見上げてみたら、宇宙がすぐそこに在るのに宇宙が見えないのだった。近視なのでまばらにしか星も見えず、その星の向こうにある漆黒の宇宙を感じようと眼を凝らして見るのだけれど、頭の中が星空とか夜空という風にもう思い込みの世界で成り立っているためか、そこが宇宙だという認識でものが見えなくなっているのだった。

 でも見上げればそこは確かに宇宙なのであった。どこまでも見通せる視力があったら、宇宙背景放射の果てまで見切り、光すら届いていない果ての果てまで見通して、きっと何もない無というものを凝視してみることもできそうだ。

 宇宙の果てに鏡を置いて、自分の姿が映って見えるまでじっと宇宙を見上げていたい。それって行きが38億光年、帰りが38億光年で合計76億光年かかるということか?良く考えて言ってないので間違っていたら申し訳ない。けれどもどうやって鏡を置くのかとかそんなことはおいといて、鏡に映る自分はどんな顔をしているのだろうか。

 もし50光年先の宇宙にポツンと置いてある鏡があったとしたら、自分が生まれて数年たった頃の自分が見えるのだろうか?宇宙のそこかしこに、いや連凧みたいに、はるかかなたの宇宙まで鏡を置けば、過去そのものを見られるんじゃないだろうか。どうやって鏡を置くのかということはおいといて。

 閑話休題。少し遅くまでお店を開けていて、ゆっくりな時間にうちに帰る道すがら、空き地の横の通りの空は遮るものが無く、只々だだっ広く見える星空を見上げて、ああ、これは宇宙なんだなと思った時に、こんなことを考えました。

 今日の国分寺は曇り。けっこう寒いです。明日は木曜日なのでお休みです。また金曜日に。

 今日流れているのはフランク・ポールです。
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by yoshizo1961 | 2016-03-16 16:06 | SF・ミステリ | Comments(0)
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