できるかな

 何だか時間が止まったような午後のひととき・・・。

 杉野清隆の『夏が終わったみたい』がかかってる。季節は夏じゃないけど、せつなくなる旋律とどこか既視感を感ずる歌詞と。ほんとに時間が止まりそう。

 先日ピッコリアニマーリのご夫婦が寄ってくれて、東京マラソンの話を聞かせてくれた。メダルも見せてくれて首にかけさせてくれた。自分が走ったわけじゃないのに、メダルをかけるとうれしくなった。ご夫婦ともにキラキラしていたよ。

 高校のマラソン大会ではかなりいい順位になったことがある。体が細いから走れたんだと思う。もし、これから少しずつでも練習したらあの頃みたいに自分も走れるだろうか?肺は機能するんだろうか?ほんの少し無理な姿勢をしただけで足がつる自分でも、走れるようになるだろうか?

 考えて想像してみることですら、大それたことのように感じる今の自分であれば、走る走らない以前の問題であって、ほんの数分でも運動してから言えと副店長に言われそうだが、そうだね、そうかもしれない、けれどもまだ少しでも走ることができたらいいだろうな。

 杉野清隆の歌に郷愁を感じるのは何故だろう?走れるだろうか、などと考えてしまうのと関係があるのかもしれない。ああ、マラソンも杉野清隆もこの時期の記憶として刷り込まれそうだ。

 今日の国分寺は晴れ。ほんとのんびりしてる金曜日。

 今日ながれているのは、もちろん杉野清隆ですな。
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by yoshizo1961 | 2016-03-04 12:32 | 国分寺あれこれ | Comments(0)
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