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蟻と人間

 パソコンをXPから8,1に変えたら、毎日のように何らかのトラブルが発生して仕事にならない。パソコン音痴の自分が言うなと自分自身思うが、それでももう少し何とかならないものか。勝手に画面が変わったりするのも自分のせい?あー、ストレスたまる。

 世の中みんなデジタル化して、アナログ思考とアナログ作業がついていけない環境になっている。
別にそれでもいいのかもしれないけど。世界は量子力学的ではあっても、人間の頭の中は案外ニュートン力学的で、飛び飛びの思考より、つながった波みたいに考えているほうがやりやすいのではないか?と、たまに思う。なんか、途中で止まってしまうんだよね、世界が。

 それでも何とかパソコンの設定をしたりして、どうにか動くようになっても仕組みが理解できていないから、ある意味ロボットと同じで、こうすればこうなるという情報だけで動かしているだけだから意味不明な画面や状態に遭遇すると、もはやお手上げでどうにもならない。電話して誰かに聞いて作業手順を教えてもらえば回復するわけだから、その誰かはちゃんと意味を理解しているわけで、自分がそれを理解すればいいだけの話だとは思うが。

 ここ一週間というものそんなストレスを感じている。そんなある日、仕事を終えてほうほうのていで電車に乗り込むと、座ったシートと向かいのシート全員が、スマホか携帯を開いて俯きぎみで画面をのぞき込み、せわしなく操作している。他のシートも同じ風景だ。何もしていない人を探しても一人もいなかった。自分も携帯を開き、帰るメールをしてポケットにしまう。また周りをみる。同じ風景。急に変な違和感を覚えて、唐突に空想してしまう。ここにいるみんなは人間だけれど、自分を含め端末を握らされた考えない生き物で、どこかに統括する頭脳があってその指示で動いてるだけではないのか?

 蟻の研究本や蟻が主人公の小説を読むと、個体でありながら同じ意志に沿って生きる生命の不思議さに驚かされる。最近の研究では意志を無視して勝手な行動をしている個体が少なからずいるらしいが、大体の蟻は同じ意志に沿って行動する。電車内の自分たちも全く別の生活をしているにもかかわらず、ある方向から見れば蟻と同じに見えはしないか。アナログな生活の頃はもう少し幅があった気がするが、デジタルな生活が当たり前の今日は、画一的ということでなはいにしろ、何だかみんな同じ思考で生きているような、それこそ蟻のように見えるのだった。

 蟻は自分の頭の中にパソコンを持っていて、ネットでみんなと、または女王蟻とでつながっているのだろう。なかにはパソコン音痴な蟻もいるかも。シンパシーを感じるね。あー、あたま良くなりたい、パソコン動かせる程度に・・・。

 今日の国分寺は晴れ。早くこのバタバタから抜け出さねば・・・。

 今日流れているには押尾コータロー。今日のは戦メリが入っているアルバムです。
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by yoshizo1961 | 2014-04-11 18:38 | 本あれこれ | Comments(0)
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