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右豚右豚左豚、右豚右豚時計蝶

 才能がほとばしる時期に、最高の作品をものにすることができたらどんなに幸せだろうか。

 村上龍の「コインロッカー・ベイビーズ」はまさにそんな作品だ。村上龍を、「村上龍」たらしめた作品である。23歳でデビューして、「コインロッカーベイビーズ」を刊行したのが28歳。思考の柔軟さも、冴え渡る言葉の新しさも兼ね備えた、才能全開の作家であった。

 現代美術のうねりに翻弄されはじめた頃、この本が、自分の目指す方向を指し示してくれたように思う。この物語に一貫して流れているのは「破壊」だ。壊すという概念が、漠然としか見ていなかった世界を変えてくれた。自分が普通にそうだと思っていた事柄を壊すことで、新しい地平が見えてくる。物語では破壊そのままで終り、新たに構築するという示唆などなにも描かれてはいないが、概念そのものを壊し、新しい言葉で再構築するという手法で、作品を作り始めるきっかけを与えてくれた。

 そうした影響はパーソナルなものであっても、この作品は、当時、多大な影響を世の中に及ぼしたはずだ。コインロッカーに捨てられた乳児のキクとハシが世界を破壊するまで、呪文のように唱えられる「ダチュラ」は、自分が世界を斜に見る合言葉であった。キクとハシに封じ込まれた心臓の鼓動が常に聞こえる気がした。そしてハシの歌声を想像した。小説というものはこういうものだと自分で自分に刷り込んだ作品でもある。古今東西、名作は山のようにあるが、小説を読むにつけ、善し悪しの尺度の基準は「コインロッカー・ベイビーズ」なのである。

 才能がほとばしる時期と最初に書いたが、村上龍の今はどうなのかはわからない。が、あの頃と同じ情熱と疾走感で「コインロッカー・ベイビーズ2」を書いてくれないだろうか。その時はまた同じようにあらゆるものを「壊し」て欲しい。ずっと書き続けていて、恰幅はよくなった村上龍は自分にとっては、今でもモーストヘィバリットスターである。読んでから久しいのに、アネモネがキクに教えた呪文をまだ言える。「右豚右豚左豚、右豚右豚時計蝶」。

 きょうの国分寺は晴れ。いい天気。今日の昼ごはんは、近くのキイニョンさんで買ったパンでした。おいしいよ。

 本日のBGMは押尾コータローのギターで。「キューティー&ボクサー」を観て以来、あのサキソフォンの曲が聴きたくてしょうがない・・・。
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by yoshizo1961 | 2014-01-19 16:13 | 本あれこれ | Comments(0)
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