むらのまさのり展「月水火木金土日」

むらのまさのり展 「月水火木金土日」

2013年11月9日(土)~11月20日(水)13:00~19:00(木曜休み)

イベント●リーディング「majiっsky!」/11月16日(土)19:00~
ゲスト/音羽亜図美「苺水晶」 むらのまさのり「光塵」etc.

古書まどそら堂/東京都国分寺市南町2-10-10/TEL:042-312-2079
JR国分寺駅南口より徒歩3分
b0304265_14564176.jpg


 
 上記の通り、11月9日より20日迄古書まどそら堂に於いて、むらのまさのり展を開催いたします。むらのまさのりは東京都生まれ、小平市在住の新進気鋭のアーティストです。
 majimaji名義で2008年から日本各地の路上、ライブハウス、人の家、美術館などで活動。スタジオボイス誌に於いて大木裕之+majimajiでネオキュビズム宣言。
 今回は、2013年4月より描きためているレシートドローイングを発表いたします。

 古書店という場で発表される作品と本との共鳴はあるのか、それとも共に自立したままなのか。リーディングによって店内は異世界と変わりうるのか。誰も想像し得ない表現の発露をお見逃しなく!(なおリーディングによるイベント当日は大変混雑が予想されます。店内に入りきれない場合など、外でお待ちいただく場合もございますのであらかじめご了承下さい)
※展覧会開催中も古書の販売/買取は平常通りです。
 
 今日の国分寺はしとしと雨が降り続いています。

 本日のBGMはまたしてもブライアン・イーノ。お店の顔になりつつあります。
[PR]
# by yoshizo1961 | 2013-10-29 14:56 | 展覧会情報 | Comments(0)

山口はるみ、パルコの時代

 80年代の若者が、ファッションやサブカルの聖地として崇めていた渋谷。その中でも渋谷パルコ周辺では、最先端のかっこいいお兄さんやお姉さんがしゃかしゃかと気取り顔で闊歩していた。どうも気後れするが、学生の頃からパルコの壁画描きの仕事をしていたので、渋谷に来ざるを得ずなるべく隅っこを歩いてパルコに通った。当時の渋谷一帯は今のように尖り気味な空気は無く、しかしダサい人お断り的な雰囲気を併せ持つ、おしゃれ優先・見た目勝負の街であった。そして、当時のパルコの雰囲気やイメージを絵に例えると、それはまさしく、山口はるみなのであった。

 山口はるみは、パルコをはじめとした数々の広告ポスターなどで知られるイラストレーター。エアーブラシの技法で描かれた女性像といえば、彼女の作品の代名詞でもある。作品を見れば、ああと頷く方も多いだろう。描かれた女性像同様、ご本人もきれいな方である(といっても会った事ないけど)。

 話は逸れるが、彼女のエアーブラシの技法で描かれた絵はスーパーリアリズムといって、1950年代くらいにアメリカで生まれたアートである。高校生の頃、こうした表現が流行って(高校がデザイン科だった)何かとグラデーションや陰影をつけたがり、山口はるみ風にするものが多かった。といってもエアーブラシなど誰も持っていないので、みな目の細かい金網に毛足を短く切りそろえた専用の筆を擦り付け、画面にその飛沫を飛ばし、似非っぽい絵を作っていた。けれども皆ヘタクソなので人物の陰影など出来る筈も無く、たいがい球や直方体などの単純な絵柄で満足していた。元々そういった表現は不得手であり、する気も無かったので、自分はしなかったが「なんちゃってエアーブラシ」が皆好きであった。

 塗装以外に、エアーブラシを使った表現が今時どうなのかよく知らないが、70年代から80年代にかけての山口はるみはその技法と共に記憶される。ただ、新聞小説の挿絵などエアーブラシに拠らない絵を見ても、絵が描ける人だと思うので、やはりちからのあるイラストレーターなのである。
b0304265_1653436.jpg


 お店には「PARCO VIEW2 Harumi Gals」1978年初版/PARCO出版局が一冊、あります。

今日の国分寺は晴れ。いい天気でどこか行きたくなります。

 本日のBGMはピンク・フロイドの「あなたがここにいてほしい」。

 
[PR]
# by yoshizo1961 | 2013-10-28 16:52 | 美術あれこれ | Comments(0)

人情のサルマタケ

 「男おいどん」の話を。
 
 松本零士作。ボロボロの下宿屋の四畳半に住む大山昇太(おおやまのぼった)の青春泣き笑い人生の物語。1971年から73年にかけて少年マガジンで連載された。当時リアルタイムで読んでいたが、子どもにはしょぼい話に感じて、いまいちだった記憶がある。ところが、自分が大山昇太と同じくらいの歳になった頃再読し、似たような生活を送っていた自分と重なって、ひどく胸に染みた記憶もある。この歳になってまた読んでみると、懐かしさと若い頃のヒリヒリとした生活の記憶が混ざり合い、なんともやるせないようなそれでいて清々しい読後感であった。

 自分も上京した頃は四畳半一間の風呂なしトイレ共同であったが、大山昇太の四畳半にいつもある大量のサルマタ(若い方は知らないかもしれないので念のため・・・トランクスタイプの柄パンのこと)も持って無かったし、そこに、もさもさ生えているサルマタケ(きのこ)も生やしたことは無かった。けれども概ね部屋の中は似たようなもので、寒々しい空気が流れていた気がする。

 大山昇太の周りにはいつも陰ながら支えてくれる人が登場する。たとえば近所のラーメン屋「紅楽園」のオヤジは金の無い昇太にほんの少し仕事をさせラーメンライスを食べさせてくれる。自分にも似たような経験がある。お風呂屋さんに行く前にちょうどそのお風呂屋さんの目の前にあった蕎麦屋で晩飯を食べる。自分以外に客がいない時に限っての事だが、定食などを食べているとオヤジが出てきて、うどん食うかと訊くのである。(今もそうだが)貧相に見えたのだろう、素うどんを付けてくれたり生卵ややっこを付けてくれたりもした。

 グータラなので、お風呂屋さんに行くのも閉まる時間ぎりぎりという事が多かったが、一番最後まで残っているのは自分とその蕎麦屋のオヤジというパターンが多かった。オヤジは家に風呂くらいあるのだろうが、店を閉めてから入りに来るのでこの時間になってしまうらしかった。閉店から15分くらいすると風呂屋のオヤジが現れて、たわしのついたモップの様なもので洗い場の床をこすり始める。あわてて出ようとすると蕎麦屋のオヤジが私に目配せするのである。
 
 フルチンのままいっしょにケロリンの桶を山状に積み上げ、散らばった腰掛いすを集める。そのあいだ風呂屋のオヤジも蕎麦屋のオヤジも何も言わず会話も無いのである。かた付け終え、二人のオヤジを無言のまま覗うと、何となく頷くので体を拭いて出るのである。

 人情などというものがあるなら、この「男おいどん」の世界にはそれがある。毎回毎回打ちひしがれて悲哀のかなたで暮らす大山昇太が、いつか大成する日を夢見て眠るシーンを、自分に重ねて泣きながら読んだ人もいただろう。自分の中で、燃えるものが薄れ始めていると感じているおじさんに是非お薦めします。

 今日の国分寺は透きとおる青空。お出かけ日和でしたね。

 本日のBGMもブライアン・イーノ。はまってしまいました。
b0304265_1640390.jpg


 
[PR]
# by yoshizo1961 | 2013-10-27 16:40 | マンガあれこれ | Comments(0)

ちいさなお客様

 お店のすぐ前にあるバス停では、毎日様々な方がバス待ちをされている。学生さんや仕事帰りの女性が多いが、午後を半ば廻った頃になると子どもを連れた若いママさん(飲み屋ではなく)がちらほらいらっしゃる。たいがいの子どもはバスを待つ時間がもどかしいから、何か遊べるものを探してお店の中を覗き込む。すると私が見ているので、はにかんで目をそらせたりする。それが面白いので、またじっと見ているとニコっと笑う。そんな中いつもお店の前に来ると、にゃーにゃーと猫の声真似をするお子さんがいるので、ある日そっとお店の中から窺がうと以前お店のドアに貼った写真の猫と会話しているのであった。
b0304265_15433770.jpg

 そんな子どもたち向けの本を百円均一本箱に入れて店頭に置いてあるので、目ざとく見つけた子どもはママにねだる。買う買わないでやり取りしているうちにバスが来てまた今度となる事が多いが、ママの方が見つけて買って頂ける事もある。そんな時はたいがいママは子どもに百円玉を握らせ、子ども自身に買わせようとする。

 ママに背中を押された子どもは、片方に百円玉を握りしめ、もう片方の手で本を胸に押し付けながらおそるおそる入って来ると、上気した顔で、「くださいな」と言うのだ。あんまり可愛いので、はいはーいと変な受け答えをしながら百円玉を受け取ると、子どもは既にお店の踏み台に腰掛けて本を開き始める。あわてるのは外で見守っていたママの方で、バス来たよーと叫んでも子どもはもう本に夢中・・・。

 お店の中にある絵本は古いものが多いので大人のお客様が喜ばれるが、今の子どもたちが喜ぶのはノンタンだったりアンパンマンなのである。きっと大人になってノンタンを見たら、懐かしく感じることだろう。ノンタン、ありがとうね。

 今日の国分寺は雨。けれどもう止んでいる。台風行っちゃったかな。

 本日のBGMは昨日に引き続きブライアン・イーノ。ハロルド・バッドとのコラボアルバムです。紫色でも、透きとおった紫色です。
[PR]
# by yoshizo1961 | 2013-10-26 15:43 | ちいさなお客様 | Comments(0)

レコードはいずこに

 ・・・のBGMはフェイ・ウォンとターシー・スー。フェイフェイの曲が流れているとき口ずさんでおられるお客様が。

 ・・・一昨日の続き。「恋する惑星」という映画などで一時話題になり日本のドラマにも出演したことがある歌手のフェイフェイが好きで、アルバムもよく聞く。なので、フェイフェイの話がしたくてお客様に尋ねたところ、どうやらフェイフェイではなくその曲自体に反応されていたようだ。北京語バージョンだがその曲の元歌は中島みゆきだったから。

 中島みゆきの「ルージュ」。フェイフェイ版では「容易受傷的女人」。中島みゆきも「まるで彼女のために書いた曲のよう」というほど惚れ込んだらしい。彼女の声色がとても美しくてしかも中国語のなめらかな発音とがあいまって聞き惚れてしまう曲になっている。

 自宅では、この中島みゆきの「ルージュ」が入ったアルバムをレコード盤で聴いている。この「ルージュ」のひとつ前に「世迷言」が入っており、この曲も好きなので続けて聴いた後、針を持ち上げてまた聴く。フェイフェイもいいけれども矢張り本家もグッとくる。

 音楽業界で仕事をしている友達によると、いまどき音楽はスマホで聴くのでCDプレーヤーなど持っていない若者が多いそうだ。ユーチューブからでも聴けるし、確かにCDすら必要ないのである。そんなご時世に(古い言い方…)「レコードで聴く」という行為自体、絶滅危惧種なのだそうである。

 そうは言ってもレコードでしか聴けないアルバムもあるし、ゆったり過ごすには最適なツールでもある。お店の壁にはジャケットが面白いものなど、中身よりビジュアル優先のレコードを並べているが、確かに売れない(店内の装飾の一部だと思われている?)。国分寺で言えば有名なレコード屋さんもあるからコアな方はそういった専門店に行くわけだし、レコードはまだまだ必要なアイテムだと思いたい。

 秋の夜長にコーヒーなど淹れてゆったりとレコードを聴く。ジェットストリーム風(これも古い)に言うと、夜のしじまに流れる悠久のひと時、いかがお過ごしですか…などという雰囲気に浸りながら、何を考えるでもなく古い音源に耳を傾ける贅沢。・・・などと思うのだが、前述の通り、聴きたい曲のリピートはわざわざ針を持ち上げて移動しなければならないし、裏返すのも面倒だし割と手間がかかる。まだ10代の姪などは、B面を聴くために裏返したら(裏面もあるということを知らず)ウケるー!と喜んでいるし・・・。

 されど針を落とすときのあの、ジジっとしたノイズは捨てがたい。皆さんも押入れの中に仕舞い込んだままのレコード盤があったら引っ張り出して聴いてみて。悠久なひと時に浸れますよ。
b0304265_17454880.jpg

 今日の国分寺は雨。明日は台風ですかね。

 本日のBGMはブライアン・イーノ。時間がスローになるというより、止まっています。

 
 

 
[PR]
# by yoshizo1961 | 2013-10-25 17:46 | ミュージックあれこれ | Comments(0)