「サーカス」中原中也

 中原中也。詩人。

 幾時代かがありまして
    茶色い戦争ありました

 幾時代かがありまして 
    冬は疾風吹きました

 幾時代かがありまして
    今夜此処での一と殷盛り
       今夜此処での一と殷盛り

 サーカス小屋は高い梁
    そこに一つのブランコだ
 見えるともないブランコだ

 頭倒さに手を垂れて
    汚れ木綿の屋蓋のもと
 やあーん ゆよーん ゆやゆよん

 それの近くの白い灯が
 安いリボンと息を吐き

 観客様はみな鰯
    咽喉が鳴ります牡蠣殻と
 ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

        屋外は真ッ暗 闇の闇
        夜は劫々と更けまする
        落下傘奴のノスタルヂアと
        ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん


 「サーカス」中原中也 「中原中也詩集」新潮文庫版より

 中原中也も今回の展覧会に参加してたら、どういう展示をしただろうか。イベントでも自分の詩の朗読をして盛り上がってたりして。ご本人のゆあーん ゆよーん ゆやゆよんを聞いてみたい。やっぱ抒情的な詩は心情的に盛り上がるものがあるので(あくまで個人的な思い)、声に出して詠みたいものだ。

 今夜のイベントでは出品作家から、お二人の作家のパフォーマンスを予定している。時間が余り気味なら見に来てくれたお客様に、飛び入りでやってもらっても構わない。というより、それを楽しみにしてたりして。とにもかくにも、どうにかこうにかイベントデーまでこぎつけた。幸い天気も良い。国分寺で一発、花火を打ち上げよう!盛り上がっても、盛り下がっても、今夜の国分寺はまどそら堂ではじけるのだ!(→店主ひとりで盛り上がってます)

 今日の国分寺は晴れ。さあ、準備しなきゃ。皆さん来てね!

 今日流れているのはガンズ&ローゼズ。2枚組の赤い方です。
b0304265_15533889.jpg

[PR]
# by yoshizo1961 | 2014-05-24 15:53 | 詩あれこれ | Comments(0)

「平卍」村野正徳

 村野正徳。アーティスト。「平卍」。美パンチ。

b0304265_16103753.jpg


b0304265_16112291.jpg


b0304265_16115774.jpg


b0304265_16124554.jpg


b0304265_16135039.jpg


b0304265_16143450.jpg



 今日の国分寺は晴れ。いい天気です。明日はイベントデーです。ご家族、お友達、みんな揃ってお出かけください。お待ちしております。

 今日流れていたのはセックスピストルズ。アナーキー・イン・ザU.K.が鳴り響いていました。いま流れているのはしっとりとした70年代のメロディアスなロック集です。
[PR]
# by yoshizo1961 | 2014-05-23 16:24 | 展覧会情報 | Comments(0)

「花鳥風月」小谷ふみ

 小谷ふみ。西国分寺育ち。詩人。エッセイスト。

 B4ボードの縦画面を二分割して、模様の入った和ティストの色紙で下地を敷き、その上にひとまわり小さい生成りの紙が貼られている。そうしたボードが2枚で花・鳥・風・月、4点の詩が生成りの画面に印字されている。同じ花鳥風月4点の詩が載った製本版も、ボードの手前に展示されている。

 花鳥風月にまつわる四つの詩。花「理由」、鳥「雨宿り」、風「青と白」、月「秘密」と続く。「やがて森になる」の、いつもの小谷ワールドが展開されているが、今回の作品はエッセイ的エッセンスよりも、「詩」ど真ん中にシフトしているように見える。エッセイ的な言葉の組み立てと、またそれがグラデーションのように詩になっていくのが小谷ふみの作風でもあるのだが、今回の作品は、より言葉に拠った作品という印象を受ける。

 たとえば月「秘密」より(部分抜粋)。

 空には鏡がないから 月の眺める夜空には月がない
 夜道を照らす月が 道に迷ってしまったら
 星明かりだけでは頼りなく 月はうつむいて涙を流す

 そんな時は 雨雲がそっと月の姿を隠すから
 きっと誰もうつむく月を見たことがない

 月の涙は夜の雨となる

 詩的だ。そしてここから続く言葉が小谷ふみなのだ。

 泣いていいよ 泣かないで
 かける言葉はどちらだろう

 風「青と白」ならば、

 胸の中ぎゅっと掴まれた

 ここ。胸の中をぎゅっと、ではなく胸の中ぎゅっと、でなければならない。

 中途半端な引用で作品自体の説明から遠ざかるばかりだが、ともかく日々の出来事と想像がない交ぜとなって、物語性を持った詩が出来上がった。あれこれ言葉を弄してもうまく伝えられないので、お店で作品を手に取ってその世界に触れてほしい。

 小谷ふみの世界を書くにあたって、彼女の作品の通底をなすもの、またはバックボーンになっているものについて考えてみた。そこまで踏み込んで考えないと、作品をなぞるだけになってしまいそうだったから。昨夜、夜中の12時頃に部屋でゴロンとなってそんなことを考えていた時、そのキーワードがふいに浮かんだ。浮かんだ瞬間それは確信に変わった。

 書く側も書かれる側も、そしてそれを読む側も、みな、はにかんでしまうかも知れないが、小谷ふみの底に流れるもの、それは、「愛」なのである。恥ずかしがってはいけない。そこが小谷ふみなのだ。紡ぐ言葉のベースには愛が満ち溢れているのである。

 ちなみにボードにも製本版にも、詩のかたすみにシルエットでできた絵(印)が押されている。シンプルでシャープなかたち。そしてその作者は文野 翳とクレジットされている。ふみのかげ、と読む。やっぱりあの「大きな彼」だった。製本は吉田史織による。こちらも→ふみよむつきひ

 今日の国分寺は雨。久し振りにまともに降ったね。明日は定休日です。また金曜日に。

 今日流れているのはポール・マッカートニー。ベスト盤です。公演中止、残念だった。お大事に。
b0304265_17145468.jpg


 


 

 
[PR]
# by yoshizo1961 | 2014-05-21 17:15 | 展覧会情報 | Comments(0)

「絶望と青空」骨皮 筋

 骨皮 筋。ほねかわすじ、と読む。60年代前半生まれ。(自称)詩人。

 「絶望と青空」。そうきたか、と。今回、作品を出してほしいとお願いしたとき、以前見せていただいていた作品の中からこちらでチョイスさせていただきたいという旨を伝えていたのだが、あにはからんや、新作であった。

 以前の作品も今回の作品も、自己表現の極地、しかもストレートなネガティヴ志向に貫かれている。青空に象徴される明るさは、ネガティヴを表すための対比に過ぎない。今回どんなことでも、どう書いてもいいとお許しを貰っているので、あえて言ってしまおう。詩が、古臭くないか?

 いやいや、けなしているつもりでも、ケンカを売っているわけでもなく、ほんと、詠んだときの感想だ。正直言うと、「絶望と青空」は好きなタイプなのだ。自分で書こうとすれば、真似したくなるくらい。「ああ、青い空が落ちてくる」の、「ああ、」に共鳴してしまう自分の感受性も、古臭いのではあるが。けれども、どこかで感じた心象風景とでも言おうか、デジャヴを感ずる言葉が新鮮味をさらってゆく。古くたっていいのだけれど、そこから突き抜ける言葉に出会いたい。じゃあ、新しい言葉って何だと言われれば答えられないけれども。

 ただがむしゃらに振り回すこの腕の
 生への執着
 この世にとどまるそのわけを
 空に向かって叫んだら
 大粒の雨が降ってきた

 今日も同じ色の雨が降るのに
 雨に濡れたぼろ靴のかたちが思い出せないこのていたらく
 きっとこの雨の向こうには
 とてもしあわせだよ何もいうことないくらいこの青い空

 同世代だからなのか、自分も正統派ネガティヴのためか、骨皮 筋の詩にはシンパシーを感ずる。だからこそたとえば大導寺シンのような、ラディカルなネガティヴさをどう思うのか聞いてみたい。それは年齢の差ではないはず。ずっと詩を書いてきた。あなたはそう言った。だからこれからも読ませてほしい。ずっとね。

 ちなみに骨皮 筋というペンネームは店主がつけた。表に出たくないという、(店主からすれば)意味のわからない理由のため。実は、店主が自分のためにあたためていたペンネームだったが、その場で考えたもう一つとどちらがいいかと聞いたところ、嫌そうな顔でこちらを選んだ。「絶望と青空」は作家本人の意向により、メールで送られてきたものをプリントして、店主がレイアウトした。署名は作家本人のものだが、行のがたがた、ゆがみ、一部分に彩色したのは店主の仕業なので記しておきます。

 今日の国分寺は曇り。明日は雨かな?はー、がんばらねばっ!

 今日流れているのは押尾コータロー。夕方からプログレに変わります。
b0304265_16363897.jpg


 

 
[PR]
# by yoshizo1961 | 2014-05-20 16:37 | 展覧会情報 | Comments(0)

「みなさん、さようなら」成瀬みやか

 成瀬みやか。東経大3年生。近々消滅する、21世紀プログラムの学生。

 あはははは
 あはははは
 先生さようなら
 みなさんさようなら

 ・・・って、元も子もないというか、身もふたもないというか。さらっと言ってくれたわりには、何か一物ありそうな始まりだ。後述する「へらずぐち」創刊号表紙のイラストレーション(こちらも成瀬みやか作)からインスパイアされたであろうこの詩のあっけらかんとした失望感は、本当のところは、本人が目指すであろう希望の裏返しのようにも見える。

 希望に満ち溢れて、大きく手を振って歩きたいのにそうさせてくれない社会と自分自身に、ひとこと言っておきたい。それは独りよがりな不満でも愚痴でもない。日々、考えて考えて出した答えが、あっているのか間違っているのかそれが知りたいだけ。多少ひねくれているかも知れないし、物事を斜に見てるところもあるかも知れない。けれども、ただ物事の本質を知りたいだけなのだ・・・・・・っていうのは、彼女の詩を詠んで、勝手に想像を膨らませた感想だ。まったく違うのかも知れないが。

 この詩に触れた方は、この詩は小学生が書いたものだと誤解するので面白い。よく詠めばそんなこともないと理解されるが、ほー、小学生の作品もあるんだねと、みんな言う。何故か?・・・それはお店で。 

 詩の制作以外にも、文章も書き、身体性を持ったパフォーマンスもし、小説も書き、マンガも描く万能型タイプ。大学では教養研究会なるサークル活動もし、「へらずぐち」というマガジンも発行している。まどそら堂の「虎の穴」では中心メンバーとして気焔を吐く。こういった何から何まで表現し倒す逸材にはそうそうお目にかかれないと思うので、興味のある方は「虎の穴」へどうぞ。こちらも→成瀬みやかフェイスブック
 今日の国分寺は晴れ。今日は少しへばり気味、気合いをいれなければ!

 今日流れているのはボブ・ディラン。「HIGHWAY 61 REVISITED」です。
b0304265_17252616.jpg

 
[PR]
# by yoshizo1961 | 2014-05-19 17:20 | 展覧会情報 | Comments(0)