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アーカイブス・ウィーク⑧古本屋の一日

 本日もしつこくアーカイブスです。通常ブログは明日か明後日には再開しますので、よろしくおねがいします!


古本屋の一日:2016:7:15

 定休日明けの金曜日、実は今日が週の始まり。さてさて、古本屋の開店時間だよ・・・まずは玄関前の掃き掃除。何もないように見えてチリ、埃は毎日積もるのでササッと掃いてゆく。

 100均ワゴンと100均木箱などを店頭に並べ、玄関横のコンセントに裸電球を差し込む。暗くなる前くらいから点灯するため。店内も掃き掃除してそのあと雑巾がけののち、本にはたきをかける。

 レジの準備をしてパソコンを立ち上げて準備完了。さあ、開店です。

 続いて未整理の本などを仕分けしたり棚に本を入れたり。買取した本を拭き、値付けしたりしながらフェイスブックやらツイッターやらをチェックしたり書き込んだり。

 最近はお昼の12時前に開けていることが多いので、お昼になったらお弁当を。食後は眠くなるので舟をこぎながら接客。さすがにマズいので外に出て新鮮な空気を吸い眠気を覚ます。ブログを書いて、一休み。

 夕方近くなると調子も上がって来てお客様と話し込んだりすることもあるが、真剣に今後の行く末を考えながらも腹減ったーなーと。ま、夜7時をまわって、そろそろ片づけるかなと思う頃にお客様が来て延長。

 朝の準備を逆回転で片づけてシャッターを閉めて閉店の時間。なんだ楽勝だなーと思ってるアナタ、ま、そうかもしれません(笑)。・・・古本屋やりたくなりましたか?ほんとのところ上記は見た目をなぞっただけで、合い間合い間でクソつらい仕事も挟まってるしきついこともたくさんありますよ(笑)。ほんと、楽な商売なんてありませんな・・・。

 今日の国分寺は曇り時々雨。

 今日流れているのは、トム・ウェイツです。
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by yoshizo1961 | 2017-03-31 15:33 | お店あれこれ | Comments(0)

アーカイブス・ウィーク⑦時間を旅する本

 本日もアーカイブスです。今日は1年前くらいに書いたものです。


時間を旅する本:2016・2・23

 昔の黒っぽい本(戦前から戦後すぐあたりの)の中には、内容よりも本の装丁とか活字の文字とか紙質とかいい感じの本が結構あるので、書籍としての価値よりも、そんな雰囲気重視で並べているものもある。

 ただそんなに売れることはない。というよりほとんど出ない。カッコいいと思うんだが(笑)。たしかに読む気はしないというか、古語っぽくてというか旧仮名が読みにくいというか(笑)。

 でも装丁がいいなーというものは、たとえばお部屋のインテリアとして飾ったりとか、お友達へのプレゼントとかいいと思うんですが(笑)。いやいやわりとまじめに言っています。

 でもそれにしたって戦前からなら軽く100年くらい存在しているということで、いったいどうやってそんなに長い時間捨てられもせず人から人へ渡り歩いてこうして残っているということがすごいと。

 器物に宿るなんとかみたいに、こうした本にもなにかしら宿っているのかもしれないですな。けっして怖い系の変なモノじゃなくて、静かな精霊のような。一冊くらいいつもカバンの中に忍ばせておいて、時間のある時にそっと取り出して手の中でその精霊を感じてあげればきっとすばらしい幸運を呼んでくれるかも・・・。うちのお店の奥にある木箱棚の上あたりにある本がおすすめ(笑)。どうぞよろしく!

 今日の国分寺は晴れ。一日中、棚の整理・・・。

 今日流れているのは、サキソフォンの曲です。
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by yoshizo1961 | 2017-03-30 17:18 | お店あれこれ | Comments(0)

アーカイブス・ウィーク⑥星屑をすくってみた

 定休日明けの水曜日、本日もアーカイブスです。リアルタイムのブログも週末には再開できそうです。よろしくお願いいたします!


星屑をすくってみた:2014・6・21

 バックナンバーの日経サイエンス(2013・3月号)のある記事から、宇宙と今ここに関する想像を広げてしまった。

 その記事は、「ダイヤモンドの惑星」~地球とは科学組成があべこべの系外惑星が見つかった~。地球とは逆の組成の惑星といってもピンとこないが、主に炭素でできていて、惑星内部では圧力によって大量の炭素がダイヤモンドになっている可能性がある星の話。そんなダイヤモンドの星が、太陽系から40光年離れたところに見つかったという。

 炭素なんていくらでもあるもんだと思っていたが、地球での存在比は0.1%に満たないそうだ。この惑星の結晶ダイヤモンド層の厚みは、惑星の半径の3分の1に及ぶ。こうした炭素惑星の構成は、地球ができたのとはまったく異なる形成過程によるらしい。

 そんな惑星が太陽系から40光年のところにあるといっても、いったいどのくらいの距離なのか?40光年というのは、光の速さで40年かかるということ。光の速さは秒速で約30万km。1光年で9兆4千600億km進むので、40光年で、378兆4千億km。なので、太陽系から約380兆キロ先にダイヤモンドの星があるというわけだ。

 ちょっとばかり堀りに行こうと思っても、簡単には行けませんな。この記事を読んでいて想像したのは、ダイヤモンドではなく、なんでそんな遠くの星のことがわかるんだろう?ということから始まって、いったい宇宙の遠くまで行ってみたら地球はどうなっているのかな、と。

 もう無理っていうくらいまで、(花子みたいに)想像の翼を広げてみよう。地球を飛び立って、どんどん遠くへ飛んで行く。太陽系を超えて、銀河系も超える。銀河系が小さな砂粒くらいに見えるあたりまで飛んで行って、そのあたりで初めて後ろを振り返る。・・・・・・うーん、地球はどこだ?

 振り返って眼を凝らせば星屑だらけだ。プラネタリウムみたい。いやいや、本物の星屑だ。両手でかき集めて胸の前にためたら、片手で一握りしてみる。すくい上げた手のひらから星屑がこぼれてしまう。こんな遠くまできて地球なんてどこかわからないし、砂粒くらいの星屑だらけの宇宙で、いったい、星の組成よりなんでこんなに星ばかりなんだろうと思ってしまう。

 地球は、すくった手のひらのなかの星屑のなかに埋もれているかもしれない。けれどそんな小さな砂粒程度の星なのに、その星の表面にへばりついて、コロンビア戦には絶対勝たなければならないとか、今夜のごはんは何かなどと考えたりしている人間の思考というものはそもそも何なのだ?と。いったいそれを誰が見ているのか?宇宙で誰かが理解してくれているのだろうか?だーれもいない宇宙だったら、そもそも何で何のために考えているのか?宇宙の端っこの銀河系のまた端っこの太陽系の小さな青い惑星の土の上で、あーでもないこーでもないと考えている自分そのものとは、いったい何であるのか?

 ・・・・・・わからん。遠い宇宙から地球を見たら、表面にいるのかいないのかわからないくらい小さな人間。けれどもひょっとしたら「フェッセンデンの宇宙」みたいにどこかで誰かが見ているのかも。そんな想像をしてしまった。

 この記事の最後で、もしこの惑星に生命がいるとして、求婚されたときにダイヤモンドを贈られてもうれしくないだろう、と。そりゃそうだね(笑)。科学の記事にしてはウイットに富んでいて、面白かったです。

 今日の国分寺は晴れ。まだ風は冷たいですな・・・

 今日流れているのは、クリンぺライです。
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by yoshizo1961 | 2017-03-29 12:44 | お店あれこれ | Comments(0)

アーカイブス・ウィーク⑤夏の終わりに見る夢は

 本日もアーカイブス・ウィークです。夏の話なので季節感ズレズレですが・・・


「夏の終わりに見る夢は」:2016・9・5

 
 もうすぐ秋だというのに、こうクソ暑いと妄想も暴走する。

 あまりの暑さに朦朧としたまま夜道をフラフラ。いつ店を出たのかどこをどう歩いたのかもわからず。いつのまにやら頭の上に電信柱の裸電球がひとつ。電信柱と寄りそうようにすすけた板でできた昭和な塀。塀の奥、路地の向こうに、一軒の古本屋が・・・。

 こんなところに古本屋なんてあったっけ?開けっ放しの引き戸。昭和30年代にあったような木造平屋。こんなレトロな建物でしかも古本屋?いぶかりながらも古本に引き寄せられるように敷居をまたぐ。なんだか梶井基次郎の檸檬に出てくる本屋のよう。

 平台にはヤケがきつい古本が並び、壁の棚もほとんど骨董だし、いや、ここは昭和、それも30年から40年代のリアルといってもいいレトロ古本屋だ。それにしてもよくできてるなあと見まわしてみると奥の帳場にまん丸の銀縁眼鏡をかけた店主らしき男が居眠りをしている。かたわらにおなじく居眠りする猫。

「すみません・・・」かすれた声で訊いてみる。ここはいつから?
いままで居眠りしていた丸眼鏡の主人がむっくりと顔を上げる。 
「・・・・・・?」
あ、その。
「・・・ああ、申し訳ない、眠ってしまったようです。誰も来ないのでつい」
「こちらはいつからここに?いままでまったく気が付かなかったものですから」
「うちですか?いつからって・・・かれこれ3年前くらいですかね。昭和36年の5月からですから・・・」
「はい?昭和36年?」
「ええ」

 まだ居眠りから覚めていない主人に合わせて、ああ、そうですかとひとりごちながら、ゆっくりと店内を見渡す。ほんとによくできている。使っている什器は骨董で揃えられるけど、この壁や柱、天井などのエージングはハンパじゃない。ここまでレトロに仕上げる技術は相当のもんだよ・・・。

 平台に目を向けるとどこかで見たような本が・・・。ん?これって。
そこにあったのはどこをどう探しても出てこない栗田信の『発酵人間』!まさか・・・。
驚きを超えて妙に冷静な面持ちで手に取ってみる。本物だ。しかも美本。こんなレア本がなぜ・・・。
「あ、あの、これはいくらですか?」恐る恐る訊いてみる。
「ん?あ、ああ発酵人間ね。値付けしてなかったっけ?そうだね、じゃあ60円でどう?」
「・・・60円?」
うそだろ、やっぱりこのオヤジどうかしてるよ。帯付き美本なんだよ、相場で40万円はするのに!

 たったの60円ぽっちで何も知らない主人をだまして買ったような気にもなり、良心の呵責を感じはしたが『発酵人間』の魅力には抗えなかった。両手で抱えながら来た路地を戻る。おぼろな月明かりがあやしく足元を照らす。いやな汗が背中を伝う。

 路地をさ迷いながらもと来た道をたどろうとするが、進めば進むほどどこを歩いているのかわからない。おれはどうしてしまったんだろう。『発酵人間』をしっかり胸で抱え直す。これだけは落としてはいけない・・・。

 どこをどう歩いて帰ってきたのか自分でも判然としないが、なんとかお店の帳場まで戻ってきた。やれやれ。変な夜だな。大事に抱えてきた『発酵人間』を机に置こうとして、手に何もないことに気づく。え?

 足元に朽ちかけた葉っぱが一枚ひらひらと舞い落ちる。あー、ばかされたか。それとも時空の狭間にはまって昭和の時代の夢でも見ていたというのか。

 何事もない、誰もいない店内で、ああ、そうだ、おれはいまそんなことを考えていただけなんだと気付く。朦朧とした意識で妄想していただけ・・・?そういえばあの古本屋のおやじ、誰かに似ていたな。誰だっけ?   

 今日の国分寺は雨のち晴れ。明日は火曜日なのでお休みです。また水曜日に。

 今日流れているのは、キース・ジャレットです。
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by yoshizo1961 | 2017-03-27 15:32 | お店あれこれ | Comments(0)

アーカイブス・ウィーク④チップス先生さようならの記憶

 本日はアーカイブス・ウィーク4日目です。まだ続きます。今日は「チップス先生さようなら」。


「チップス先生さようなら」の記憶 :2014・6・1

 多感だった10代の頃に読んだ本は、今でもあらすじが浮かんでくる。それは、若いために記憶容量が多くて、しかもまだ細胞も新鮮で、びっちりと記憶できたからだろうか。歳をとってから読んだ本は記憶にはもちろんあるけれど、あらすじすらうら覚えになってしまっているのは、ただ単に脳が劣化しているからなのだろうか。今日みたいに暑い日には、いくらのんびりと読んでみても全然あたまに入ってこない。みんなもそんなもん?

 読んだ本の内容は忘れてしまっても、その本を読んだときの状況や季節は妙に覚えていたりする。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を読んだときのあの夏の夜、窓から見える月と星、耳をすますと聞こえてきそうな汽笛。美しい記憶ばかりではなく、仕事もせずにフラフラして、やることもないから図書館に入り浸っていたとき読んだ東野圭吾。だからこの作家がその後、超売れっ子作家になってからもその記憶が絡まってどうも後ろめたくて読みづらい。

 そういう意味で自分の中で完全にタブーになっている本もある。シェリー夫人の「フランケンシュタイン」。フランケンシュタイン自体が問題ではなく(むしろ異様さがイメージ出来すぎてのめりこんで読んだけれど)、当時悲しい出来事があって、そこから逃避するために何でもいいから読んでみた本だった。中学生の頃の話だけれど、今でも避けてしまう。家にはあるけれど、お店には置いていないし。

 「チップス先生さようなら」もそんなたぐいの記憶が絡まった小説。イギリス文学の名作で、ヒルトンの代表作。この本も中学生のとき読んだもの。いま見るとこんなに短い小説だったかと驚いたが、当時感想文を書いたら褒められて、図書館に飾られた。みんなにすげーなぁーと言われたが、この本もつらいことから逃避したくて読んだ本だったのでそんなに嬉しくなかった。むしろ悲しかった。

 本には色々な記憶が絡まっているよね。皆さんもそうでしょう?「チップス先生さようなら」も雰囲気だけ覚えていても、あらすじなんかはすっ飛んでいる。でも当時の記憶はよく覚えているよ。ほんと、タイムスリップするスイッチになるね。最近忙しいからって本を読めなくなってる。これじゃあ記憶もできなくなるよ。もっと本を読もう!(←自分に言ってます)

 今日の国分寺は雨。久し振りに一日中雨になりそう・・・

 今日流れているのは、エレクトリック・ライト・オーケストラです。
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by yoshizo1961 | 2017-03-26 14:31 | お店あれこれ | Comments(0)

アーカイブス・ウィーク③ねじ式

 本日はアーカイブス・ウィーク3日目。ねじ式です。


「ねじ式」:2015・3・27

 つげ義春の「ねじ式」。

つげや、ガロの話は何度か書いたけど、「ねじ式」そのものには直接触れてこなかった。だっていまさら何を…という感じだし、分析しつくされているだろうし。けれどもまだ未読のお客様から尋ねられることが多いので、多少でも紹介がてら触れてみようか、と。

 「ねじ式」はいわずと知れたつげ義春の代表作。そのシュールで不条理な絵面と展開は、マンガのみならず、当時の社会にも影響を与えた。1960年代後半に発表されて以来、今も読み継がれている名作。

 メメクラゲに刺された少年が、海辺の町で医者を探してさまよう。やっと見つけた産婦人科医にシリツ(手術)をしてもらい、ボートに乗って海辺の町を去るところで終わる。あらすじらしきことはそのくらい。そこまで展開するまでの一コマ一コマがシュールで不条理に満ちている。

 いまも読み継がれてはいるけれど、現代の子どもや大人の感覚において、この「ねじ式」はどう作用するものなのかは、よくわからない。面白いのか、新しく感じるのか。それともまったくつまらないのか。昔の子どもや大人の感覚ならば共鳴できそうだが、こう世界が変わってしまった現代ではどう読まれるのか、と。若いお客様でも興味を持つ人は多いが、読んだ後の感想など聞いたことがないので、どうなのか気になる。だいたい不条理そのものに興味はあるのだろうか。シュールな絵面は面白いのか。感動とか興味のパラメーターは時代とともに変わるものなのだろうから、名作といえども時間が経てばつまらなく感ずるかもしれず、そのあたりが気になる。

 それでもお客様に尋ねられれば、面白いですよー、名作ですよー、と答える。やっぱ名作ですよね、「ねじ式」は。

 今日の国分寺は晴れ。ちょっと寒いですな。

 今日流れているのは、ベッド・ミドラーです。
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by yoshizo1961 | 2017-03-25 15:52 | お店あれこれ | Comments(0)

アーカイブ・ウィーク②自由な鳥と籠の鳥

 本日はアーカイブス・ウィーク2日目です。


「自由な鳥と籠の鳥」:2014・10・23

  
 香港はどうなっていくのか。

  香港の太子という駅から歩いて15分ほどのところに、雀鳥花園(バードガーデン)という小鳥を扱う店と小鳥好きの人々が集う場所がある。以前は別のところにあって観光地としても有名だった。現在も観光スポットとして機能しているが、以前よりは規模が小さくなっている。

 小鳥を飼っている人々が、おしゃれな鳥籠をぶら下げてここに集まってくる。そしてみな自慢の小鳥たちを見せ合っては、のどかな時間を過ごす。日本では公園でお散歩の小犬たちが飼い主に連れられて集っているけれど、その小鳥版というところ。

 小鳥自慢の人々をあてこんで小鳥を販売する業者の鳥籠も所せましと並べられていて、きれいな声で鳴く小鳥たちが優雅に鳥籠の中で遊んでいる。はた目には優雅に遊んでいるように見える・・・が。

 以前、バードガーデンを散策中にその業者の鳥籠の小鳥たちを眺めていると、どこからともなく飛んできた雀が鳥籠からこぼれ落ちた餌をついばみ始めた。それはもうすごい勢いで鳥籠の餌をかすめ取る。香港の雀は日本の雀とほぼ変わらないが、少し体が大きくて羽の色も濃くはっきりしているように見える。

 鳥籠の小鳥は、毎日餌にありつける。飢えるということはない。水も、青菜も。しかし、ずっと鳥籠の中だ。外界とを隔てる籠の等間隔の隙間からしか世界を感じることができない。かたや野生の雀は、毎日自由だ。どこにでも飛んで行ける。外界そのものがない。けれども餌にありつけない日もあれば、大きな鳥や蛇に狙われることもある。鳥籠からこぼれ落ちた餌を一心不乱についばむ雀を、籠の中から遠巻きに見ている籠の中の小鳥。

 どちらがどうだという話ではなく、自分ならどちらの雀がいいか考えてみる。考えるまでもなく、野生の雀・・・を選ぶだろう?と自問する。そうだよね、当然自由な方がいいに決まってる・・・。でもそれは現実を捉えていない?

 自由であることが最優先なら、それについての覚悟が必要・・・ではないのか?頭ではそう考えても、そのリスクをまともに考えたことがないのでは?理想や思い込みで生きてきたのは悪くなくても、自由を得るためのリスクについて真正面から対峙してこなかっただろう?ならば野生の雀がいいって言ったって、説得力がない。

 最後にどうなろうとも、今ここにいる自分が、常に自由でいられるように生きるということは、そう生きるんだという覚悟の上に成り立っているということを自覚していなければどうしようもない、んだろう。自分はどうだろう。野生の雀にしては脆弱なんだろうな、たぶん。

 何でこんなこと考えてるんだろう?香港の学生デモのニュースをみたから?香港の映像を見たから?野生の雀にあこがれても、籠の小鳥でしかないのかもしれないし。お店の前の電線にも雀。自由なんだろうか。・・・もう一度バードガーデンに行ってみたくなった。

 今日の国分寺は晴れ。早く花粉終わってほしい・・・

 今日流れているのは、ジャニス・イアンです。
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by yoshizo1961 | 2017-03-24 14:37 | お店あれこれ | Comments(0)

アーカイブス・ウィーク①ちいさなお客様

 今日から1週間ほど、アーカイブス・ウィークと称して、これまでのブログの中から選んだものをお送りします。東京蚤の市出店準備と、ちびまどの諸々の進行が重なり、月末まで集中してそちらにシフトしますのでどうぞよろしくお願い致します。


「ちいさなお客様」:2013・10・26

 お店のすぐ前にあるバス停では、毎日様々な方がバス待ちをされている。学生さんや仕事帰りの女性が多いが、午後を半ば廻った頃になると子どもを連れた若いママさん(飲み屋ではなく)がちらほらいらっしゃる。   

 たいがいの子どもはバスを待つ時間がもどかしいから、何か遊べるものを探してお店の中を覗き込む。すると私が見ているので、はにかんで目をそらせたりする。それが面白いので、またじっと見ているとニコっと笑う。そんな中いつもお店の前に来ると、にゃーにゃーと猫の声真似をするお子さんがいるので、ある日そっとお店の中から窺がうと以前お店のドアに貼った写真の猫と会話しているのであった。

 そんな子どもたち向けの本を百円均一本箱に入れて店頭に置いてあるので、目ざとく見つけた子どもはママにねだる。買う買わないでやり取りしているうちにバスが来てまた今度となる事が多いが、ママの方が見つけて買って頂ける事もある。そんな時はたいがいママは子どもに百円玉を握らせ、子ども自身に買わせようとする。

 ママに背中を押された子どもは、片方に百円玉を握りしめ、もう片方の手で本を胸に押し付けながらおそるおそる入って来ると、上気した顔で、「くださいな」と言うのだ。あんまり可愛いので、はいはーいと変な受け答えをしながら百円玉を受け取ると、子どもは既にお店の踏み台に腰掛けて本を開き始める。あわてるのは外で見守っていたママの方で、バス来たよーと叫んでも子どもはもう本に夢中・・・。

 お店の中にある絵本は古いものが多いので大人のお客様が喜ばれるが、今の子どもたちが喜ぶのはノンタンだったりアンパンマンなのである。きっと大人になってノンタンを見たら、懐かしく感じることだろう。ノンタン、ありがとうね。


 今日の国分寺は晴れ。

 今日流れているのは昨日とおなじくサキソフォンの曲です。
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by yoshizo1961 | 2017-03-23 13:51 | お店あれこれ | Comments(0)

中央線なお客様

 今日も今日とて一日がはじまる。

 どこからともなくカレーの匂いが・・・。ほんやら洞かな?仕込み中?昔出た中央線のムック本を読みながら、中央線の香りって、インドのお香か、カレーの匂いのような・・・などと考えてみる。

 しかしこの本にもいろんな中央線的な人が出てくるが、やっぱ中央線に住む人々は特別な何かを持っているのか、または全然特別じゃないんだけど、どこかイっちゃっているというか、独自な人々が多いなーと(笑)。

 お店にもほぼ毎日のように、ひとりふたり少しばかり変わったお客様がやって来る(笑)。べつにどこかおかしいということではなく、なんか違う感じの人(笑)。オーラ出まくりの人とか、妙にテンション高い人とか。やっぱ中央線でなければこの感じは出ないんだよねー(笑)。

 そういった、どこか位相のずれた世界が見えている人たちとお話するのはかなり面白い。いやいや、普通なんだよ、ある意味。ただ、自由が丘とか広尾とか、東京の東京たる場所ではちょっと醸し出されないであろう空気をこの中央線の人たちは持っているわけだよ、ほんと(笑)。

 このゆるい国分寺で、アートとかロックとか詩とか熱く語れるなんて、70年代じゃあるまいし、そんなわけなさそうだけど、うちのお店ではなぜかそんな風なお客様比率が高い(笑)。しかもオジサンおばさん世代にととまらず、若い世代にもそんな人たちが結構いるんだよね。やっぱ中央線沿線だから?・・・というわけで中央線すばらしい!というお話でした。

 今日の国分寺は晴れ。今日は東経大の卒業式であったか・・・

 今日流れているのは、サキソフォンの曲です。
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by yoshizo1961 | 2017-03-22 15:21 | 国分寺あれこれ | Comments(0)

新入荷情報92

 本日は入荷情報です。よろしくお願い致します。


【いろいろ】

「グラン・テカール」ジャン・コクトー/創藝社/昭和28年
「長く熱い復讐 上・下」大藪春彦/徳間文庫/1986年/13刷
「ノストラダムスの大予言 Ⅳ」五島勉/祥伝社/ノンブックス/昭和57年/23刷
「火星年代記」レイ・ブラッドベリ/ハヤカワ文庫/2004年/38刷
「ピーター・パン」ジェームズ・バリ/本多顕彰訳/新潮文庫/昭和53年/36刷
「ピータァ・パン」ヂェイ・エム・バリ/本多顕彰譯/岩波文庫/昭和11年/5刷
「ヒット演歌」成美堂出版/昭和56年
「森の生活」ソーロー/神吉三郎訳/岩波文庫/1987年/14刷
「オリエンテーリング」仲川寿男/カラーブックス/昭和54年
「柳田國男全集6」ちくま文庫/1989年/1刷
「ただマイヨ・ジョ―ヌのためだけでなく」ランス・アームストロング/講談社文庫/2010年/5刷
「エクソシスト」W・P・ブラッティ/新潮文庫/昭和52年
「おそうざい全科」志の島忠/家の光協会/昭和45年/初版
「クリストファー・ロビンの本屋」クリストファー・ミルン/晶文社/1983年
「復讐プランナー」あさのあつこ/河出書房新社/2008年/初版
「芸人の了見」吉川潮/河出書房新社/2004年/初版
「たのしい中央線」太田出版/2005年/1刷
「ゾウの耳はなぜ大きい?」クリス・レイヴァーズ/早川書房/2002年/初版
「短編集ヒミツキチ」小学館/2011年/初版
「たいこもち玉介一代」悠玄亭玉介/草思社/1986年/1刷
「相撲奇人列伝」石井代蔵/講談社/昭和49年/1刷
「トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか」羽根田治他/山と渓谷社/2010年/4刷
「旅するヤギはバラードを歌う」ジャン・クロード・ムルルヴァ/早川書房/2006年/初版
「山の遭難」羽根田治/平凡社新書/2010年/初版
「声をなくして」永沢光雄/晶文社/2005/年初版
「気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている」村瀬秀信/散歩の達人/2014年/1刷

【詩集】
「ロンサール詩集」井上究一郎譯/岩波文庫/昭和26年/初版
「マラメル詩集」鈴木信太郎譯/岩波文庫/昭和42年/4刷
「ヘッセ詩集」高橋健二訳/新潮文庫/平成10年/98刷
「サンドバーグ詩集」安藤一郎・河野一郎訳/新潮文/庫昭和49年/初版
「東方詩集」ヴィクトル・ユゴー/辻昶訳/潮文庫/昭和46年
「竹内勝太郎詩集」富士正晴編/市民文庫/昭和28年/初版
「富永太郎詩集」富永太郎/創元社/昭和26年/初版
「訳注 良寛詩集」大島花束・原田勘平訳注/岩波文庫/1992年16刷
「花の詩集」新川和江編/集英社文庫/昭和53年/初版

【マンガ】
「神々の山嶺」作・夢枕獏/画・谷口ジロー/集英社文庫/2006年/1刷
「水木しげるの泉鏡花伝」水木しげる/小学館/2015年/初版
「鉄キン筋クリート」松本大洋/小学館/2007年/初版
「猫楠 南方熊楠の生涯」水木しげる/角川文庫/平成24/年28刷
「歩くひと」谷口ジロー/小学館文庫/2009年/2刷


 今日の国分寺は晴れ。明日は火曜日、定休日です。また水曜日に。

 今日流れているのは、トーキング・ヘッズです。
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by yoshizo1961 | 2017-03-20 14:52 | 入荷情報 | Comments(0)