「ほっ」と。キャンペーン

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高校生がやってきた!

 昨日のことだが、近所の高校に通っている学生さん3人がご来店。にぎやかに、この本はあーだこーだ、これ読んだ、あれ読んでないなどと盛り上がってくれて、昼過ぎのけだるい時間が妙にハイテンションな空間に変わった。

最初は大人しく彼らの会話を聞いていたが、いろいろ説明してあげたい欲求がうずうずしてきて、つい口をはさみたくなる。このあいだその高校の国語の先生と話をしたばかりだったので、いまどきの高校生の読書欲はどんなものかと、彼らの会話の合間にさりげなく入り込んでいろいろ聞いてみた。

いわゆる近代文学、たとえば漱石なんて、読まない!と断言されてしまった。漱石が特別なわけではないけれど、いわば象徴的作家だからある種、神格化されてる部分やリスペクトされたりする部分があったりするのかな、と思っていたが、そんなところはまるで無いそうである。漱石さーん、だそうですよー。

みんなが抵抗感なく読めるのは、東野圭吾なんだそうである。東野圭吾・・・。デビューした頃の作品は好きだったけどね。「放課後」とか。でもあれだけ流行作家になっちゃうとね・・・。村上春樹もくそみそですな、いまどきの高校生にかかると。

じゃあ、何読むの?と聞けば夢野久作の「ドグラ・マグラ」を読んだというではないか。あのドグラ・マグラを?全部?最後まで読んだの?と聞けば、完読したという。す、すごい・・・。よく最後まで読めたね、としか言えなかったもんね。

昭和40年代の本を引っぱり出しては、これは親が生まれた頃の本だー、って盛り上がってるし。親が生まれたころ、かよ・・・。君らはこの世に、かけらもなかったわけだね。そんな昔の本に感動している姿は、それはそれで微笑ましくて、いっしょになって笑い転げましたな。遠慮することなく作家を批評する言葉に深みは感じられなくても、その熱情は激しくて、若さ溢れる高校生!という感じで好感持てました。

 こんな会話は楽しいのでまた来てほしい。「いまどきの」とはよく言われますが、本好きの高校生も結構います。いいことですな。

 今日の国分寺は晴れ。遊びに行くにはもってこいですな。

 今日流れているのは、エコベリー。90年代後半、よく聴いてたなー(^^)/
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by yoshizo1961 | 2014-09-30 14:36 | お店あれこれ | Comments(0)

すごいといえばすごい

 時代のあだ花と言おうか、その時代の雰囲気を表している表現でありながら、しかしいま見ると、どこか哀感が感じられてしまう表現がある。その時代においては真正面な表現であったはずだが、真正面過ぎて、時が経つとどこか違和感が生じてしまったもの・・・。

 音楽や美術、ファッションなど、流行ものやスタイルの中で当時は最先端だったはずなのに、いま見るとモノガナシイもの。肩パットとかテクノカット、サイズがバカでかいジャケットや、ヘンテコなダンス。なんでその当時はこれがウケていたのか…と思えるものが結構ある。

 思えば一年経つと一年前の服は古臭く見えるというそんなサイクルで暮らしていれば、いつになってもなにがしかは古臭くなっていき、なんであれがかっこいいと思っていたのだろうと考えてしまうが、結局そんなことの繰り返しで新しいとか古臭いとか順番に言い合っているだけで実際は、さほどの変化はないのかもしれない。

 普遍的なものはないのかもしれないが、スタンダードという意味において、安心感のある表現はある。時代が変わっても定番、というものはいつも存在するから。しかし、定番のファッションに身を包み、定番の音楽を聴き、定番の展覧会に足を運び・・・などといった生活がつまらないと思うタイプの人は、いずれ時間が過ぎて珍奇なものになってしまうものであっても、その時代のなにがしかの先端のにおいがするものに引きつけられてしまうものである。

 実はここからが本題だが、どうしてもいま見てみると、その違和感に逆に引き込まれてしまうものを見つけてしまった。歌はともかくその踊りがすばらしく恥ずかしい。いやいや、当時はかっこよかったはずだし、人気もあった。これぞ時代のあだ花というべきか。…というわけで、どうぞ。(→下の動画)。

 今日の国分寺は晴れ。いい天気です。

 今日流れているのは、Yasuaki Shimizu。サキソフォンのアルバムです。

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by yoshizo1961 | 2014-09-29 14:37 | ミュージックあれこれ | Comments(0)

草野心平

 「わが抒情詩」 草野心平

くらあい天(そら)だ底なしの。
くらあい道だはてのない。
どこまでつづくまつ暗な。
電燈ひとつついてやしない底なしの。
くらあい道をあるいてゆく。

   ああああああ。

   おれのこころは。
   どこいつた。
   おれのこころはどこにゐる。きのふはおれもめしをくひ。
   けふまたおれは。
   わらつてゐた。

どこまでつづくこの暗い。
道だかなんだかわからない。
うたつておれは歩いてゐるが。
うたつておれは歩いてゐるが。

   ああああああ。

   去年はおれも酒をのみ。
   きのふもおれはのんだのだ。どこへ行つたか知らないが。
   こころの穴ががらんとあき。
   めうちきりんにいたむのだ。

ここは日本のどこかのはてで。
或ひはきのふもけふも暮らしてゐる。
都のまんなかかもしれないが。
電燈ひとつついてやしない。
どこをみたつてまつくらだ。
ヴァイオリンの音がきこえるな。
と思ったのも錯覚だ。

   ああああああ。

   むかしはおれも。
   鵞鳥や犬を愛したものだ。
   人ならなほさら。
   愛したもんだ。
   それなのに今はなんにも。
   できないよ。

歩いてゐるのもあきたんだが。
ちよいと腰かけるところもないし。
白状するが家もない。
ちよいと寄りかかるにしてからが。
闇は空氣でできてゐる。

   ああああああ。

   むかしはおれも。
   ずゐぶんひとから愛された。
   いまは余計に愛される。
   鐵よりも鉛よりも。
   おもたい愛はおもすぎる。
   またそれを。
   それをそつくりいただくほど。
   おれは厚顔無恥ではない。
   おれのこころの穴だつて。
   くらやみが眠るくらゐがいつぱいだ。

なんたるくらい底なしの。
どこまでつづくはてなしの。
ここらあたりはどこなのだ。
いつたいおれはどのへんの。
どこをこんなに歩いてゐる。

   ああああああ。
 
   むかしはおれのうちだつて。
   田舎としての家柄だつた。
   いまだつてやはり家柄だ。
   むかしはわれらの日本も。
   たしかにりつぱな國柄だつた。
   いまだつてやはり國柄だ。

いまでは然し電燈ひとつついてない。
どこもかしこもくらやみだ。
起床喇叭はうるさいが。
考へる喇叭くらゐはあつていい。

   ああああああ。

   おれのこころはがらんとあき。
   はいつてくるのは寒さだが。
   寒さと寒さをかちあはせれば。
   すこしぐらゐは熱がでる。
   すこしぐらゐは出るだらう。

蛙やたとへば鳥などは。
もう考へることもよしてしまつていいやうな。
いや始めつからそんな具合にできてるが。
人間はくりかへしにしても確たるなんかのはじめはいまだ。
とくに日本はさうなので。
考へることにはじまつてそいつをどうかするやうな。
さういう仕掛けになるならば。
がたぴしの力ではなくて愛を求める。
愛ではなくて美を求める。
さういふ道ができるなら。
例へばひとりに。
お茶の花ほどのちよつぴりな。
そんなひかりは咲くだらう。
それがやがては物凄い。
大光芒にもなるだらう。

   ああああああ。

   きのふはおれもめしをくひ。
   けふまたおれはうどんをくつた。
   これではまいにちくふだけで。
   それはたしかにしあはせだが。
   こころの穴はふさがらない。
   こころの穴はきりきりいたむ。

くらあい天(そら)だ底なしの。
くらあい道だはてのない。

                         


                    「草野心平詩集」豊島与志雄編 新潮文庫より


 今日の国分寺は晴れ。秋晴れです。

 今日流れているのは、テリー・ライリー。一日中は無理かも。
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by yoshizo1961 | 2014-09-28 14:22 | 詩あれこれ | Comments(0)

新入荷情報29

 本日は入荷情報です。よろしくお願いします。今日、品出しします。

[SF・ミステリ]
「インテグラル・ツリー」ラリィ・ニーヴン/ハヤカワ文庫/1989年・3刷
「ミクロの決死圏」アイザック・アシモフ/ハヤカワ文庫/昭和55年・16刷
「スティング」ロバート・ウィーバーカ/ハヤカワ文庫/昭和53年・6刷
「サハラ砂漠の秘密」ジュール・ヴェルヌ/創元推理文庫/1991年・10版
「シンデレラの罠」セバスチアン・ジャプリゾ/創元推理文庫/1977年・25版
「僧正殺人事件」ヴァン・ダイン/創元推理文庫/1974年・33版
「UFO同乗記」ジョージ・アダムスキー/角川文庫/昭和53年・3版

[コミックス]
「さよならなんていえない2,3」小椋冬美/りぼんマスコットコミックス/1984年・7刷
「海にいるのは・・・」大島弓子/小学館文庫/昭和58年・9刷
「墓場鬼太郎3」水木しげる/角川文庫/平成22年・6版
「妖怪大裁判」水木しげる/ちくま文庫/2010年・14刷

[児童書]
「国鉄特急」小学館子ども文庫/小学館/昭和56年・4刷

[文芸]
「榎本武揚」安部公房/中央公論社/昭和40年・初版
「堕落」高橋和巳/河出書房新社/1971年・5版
「百鬼園先生言行録」内田百閒/福武文庫/1990年・1刷
「若狭幻想」水上勉/福武文庫/1986年・1刷
「草野心平詩集」豊島与志雄編/新潮文庫/昭和58年・38刷
「まど・みちお詩集」角川春樹事務所/ハルキ文庫/1998年・1刷
「家日和」奥田英朗/集英社文庫/2010年・1刷
「ほらふき男爵の冒険」ビュルガー編/岩波文庫/1990年・17刷
「月と六ペンス」モーム/岩波文庫/1994年・33刷
「小さな巨人」トーマス・バージャー/角川文庫/昭和45年・初版
「カレルチャペック旅行記コレクション スペイン旅行記」飯島周編/ちくま文庫/2007年・1刷
「ハーヴァード・ロー・スクール」スコット・タロー/ハヤカワ文庫/昭和60年・初版
「チップス先生さようなら」ヒルトン/新潮文庫/昭和62年・71刷

[学術]
「自然現象と心の構造」ユング パウリ/海鳴社/1981年・7刷
「現代思想11 特集=死」青土社/1976年/11月号
「現代思想1 特集=東洋思想入門」青土社/1977年/1月号
「やさしいトポロジー」本間龍雄 南みや子/ブルーバックス/昭和57年・9刷

[その他]
「戦争中の暮らしの記録」暮らしの手帖編/暮しの手帖社/昭和47年・3刷
「日曜研究家VOL.11 特集チューインガム戦後編」扶桑社/平成10年・初版
「麺、イモ、茶」NHK取材班/日本放送出版協会/1990年・1刷
「ぼ、ぼ、ぼくらはテレビ探偵団」三宅裕司/祥伝社/昭和62年・初版
「原爆の図」丸木位里 赤松俊子/青木文庫/1952年・初版
「東京の博物館」東京都人文博物館協議会編/木耳社/昭和42年・改訂重版
「石佛詩情」森山隆平/白川書院刊/昭和42年・初版
「シネマッド・ティーパーティ」和田誠/講談社文庫/昭和58年1刷

[雑誌]
「クチュリエ 手作りの本」フェリシモ出版/2010年・春夏号
「ポパイ 面白ばなし一挙公開 ポップアイ大特集!」平凡出版/1979年2月10日号」
「毛糸網み小物集 美しい手芸2」講談社/昭和47年・7刷
「世界の船’69 特集ソ連艦隊の全貌」朝日新聞社/昭和44年発行

 今日の国分寺は晴れ。涼しいです。

 今日流れているのは、ピンクフロイド。「狂気」です。
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by yoshizo1961 | 2014-09-27 14:48 | 入荷情報 | Comments(0)

「掏摸」読んでみた

 中村文則の「掏摸」を読んでみた。

 どんな内容なのか、またどんな作家なのか、まったく情報なしで読む。しばらく前に、話題になっていたことくらいしか知らずに読んだ。ページをくくるごとに引き込まれた。好きなタイプかも、という予想がよぎる。

 これはミステリーなのか?いや、純文?そんなことを思いながら読む。あー、それにしても引き込まれる。ノワールもののミステリ感に引き込まれているのか、音のない情景描写(心の中で見ている情景)に引き込まれているのか。どちらにせよこれは久しぶりの「当り」、なのであった。

 ひと段落の終わりのセンテンスが上手すぎる。余韻がそのまま頭に残る。上手いわ、この人。って、当たり前か、プロだもんな。いいなあ、こんな小説書けて。そりゃあもっとこういう風に展開してほしいとか、もっと饒舌に語ってほしいとかあったけど(ノワールものだから仕方ないけど、物語の筋自体がどこかきざっぽい展開で映画でも観てるような物語上の設定感が少し気になった)。

合間あいまに挿入される、目の前に立つ塔、が効いている。こういう文章の組み立てがプロ所以なのだろうが、最近そんな感じの文章読んでなかったから新鮮だった。最近読んでいるのがエンタメ寄り過ぎていたからそう感じるのかわからないけれど。

ミステリ(ノワール)味の純文学小説、という感じ。ラストの描写も余韻を残す展開で、続編アリ?っていう気もしたが、やはりあるらしい(笑)。中村文則、今ごろになって読んでるなんて、遅れてる!という感もあるが、いい作家に出会いましたな。芥川賞、獲ってたんだ?いまその「土の中の子供」読み始めました。おすすめです(だから遅れてる、って。人気作家だっつうの)。

 今日の国分寺は秋晴れ。いい気持ちですが、鼻水が止まりません。

 今日流れているのは押尾コータロー。いつもと違うアルバムです。
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by yoshizo1961 | 2014-09-26 14:07 | 本あれこれ | Comments(0)

クラフトワークとヒカシュー

  今日はミュージックあれこれ。クラフトワーク、ヒカシューについて。

 クラフトワークはドイツのテクノポップの巨匠(テクノポップって死語?)。シンセサイザーによるエレクトリックなサウンドは、あのYMOにも影響を与えたそうだが、いま聴いてもイケている楽曲の数々。その中でも、特に好きなのが「ショールーム・ダミー」。

We standing here,exposing ourselves
We are showroom dummies 
We are showroom dummies
We‘re being watched and we feel our pulse

 我らは自身をさらしたままで(だから)我らはマネキン(けれども)我らはわれらの鼓動を感じている。・・・我らはマネキン。

 
 
 クラフトワークは70年代から活躍していたが、日本では80年代初頭の方が浸透度が高かった?「TRANS EUROPE EXPRESS」あたりのアルバムが人気だった。ショールーム・ダミーもそのアルバムのなかの1曲。

 クラフトワークは、テクノであっても、プログレにも通じるところがあり、その奥行は幅広い。ボケーっと聴いていてもよし、じっくり聴いていてもよしで、お店で流してると、つい聴きこんでしまうお客様も。ミニマルに繰り返される音のフレーズが、聴いている頭の中でメビウスの輪のように行き来して、それはそれで悪くない心持になる、変てこな音楽。

 80年代に聴いていた日本のテクノポップバンド、ヒカシューのモデルという曲が、クラフトワークのカヴァーだったということを知ったのはずいぶん後のことだったが、ヒカシュー版もそれはそれで日本に於いて奇妙な時代のあだ花的面白さを持っていた、という気もする。古臭い日本的歌謡曲テイストな曲だとばかり思っていたら、クラフトワークだっただなんて。ホント幅広い、ですな。

 
 
 今日の国分寺は曇り。台風の影響で午後から雨だというが、なんとかまだ、もっている。雨なら外のワゴンいれなきゃならないけど、最近100円本の箱が増殖中で、店に入れると店内で一箱古本市やってんの?状態に。もう少しなんとかしなければ・・・。そうだ、明日は定休日なのでお休みします。また金曜日に。

 今日流れているのは、ピンク・フロイド。原子心母ですが、「サマー’68」が妙に胸に突き刺さります。何故? 
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by yoshizo1961 | 2014-09-24 14:48 | ミュージックあれこれ | Comments(0)

今日も今日とて一日がはじまる

  今日も今日とて一日がはじまる。

 秋になってブタクサか何かわからないが、鼻水が出てアレルギー状態が続いている。春は高校生の頃から花粉症でつらい思いをしてきているのに、せっかくの秋にまで花粉症とは・・・(泣)。冬になれば風邪をひくし、夏になれば、バテてしまうこの身体。肉体改造をもくろんでも、長続きしたことがないこのていたらくな毎日。それでも今日も今日とて一日が始まるわけですな。

 朝目覚めて、ウーン、よく寝たー!なんて思ったことなんて、ここ最近まったく無し。何だかだるくてそれでも何とか起き出して・・・。跳ね起きる、なんてことはもうありえないくらいバネものびもなく、ううっ、とか、おうっ、とか無意識にでてしまう言葉をむりやり飲み込んで何とか起き上がる。自分の年齢の1.5掛けくらいの年頃になったよう・・・。実際その年になったらどうなっちゃってるんだろう?もう少し、いや、かなりたくさん運動をしてくればよかったなあと思っても、いまさらね・・・。

 これを読んでいる若い人よ、運動して体力つけなさいよ、ほんと。文系で生きてきて、体育会系をバカにしていたらえらい目にあいまっせ。体力一番、知力は二番。それでいいんだす。

 それでもまだ遅くないといえば遅くない。なんとか体を動かして、学生時代とは言わないまでも、40代前半くらいの体力を取り戻したい。まだ希望は捨ててはいません、捨てていませんよ!(誰にいってるの?)それでもなんとかどうにかしなければ。まずは歩く。体操をする。筋トレをする。ヨガをする。うーん、歩くくらいしかしてないな、って最近歩いてもいないよ!運動しないタイプならわかると思うが、本格的な運動って若い時から身についてないとやらないんだよね、ホント。

 病気や事故で死なないかぎり、頑張ってあと40年、というとこか。それならば残り40年、寝ている時間が一日6時間としたら、その分引いて残り30年。めし食ったりトイレはいったり風呂入ったりの日常時間が8時間として、残り20年。何かできる時間は20年。しかもどんどん動きが悪くなるから、まともにできる時間が半分として10年。その半分くらいは無駄な動きをしてしまいそうだから残り5年。調子よくできるのはその半分で2年半。冴えわたっているのがその10分の一くらいだったら?・・・って考えていったら、まともになんか成そうとして燃えてられる時間は残り2年くらいなんだよ?

 ・・・まあ、そんなわけじゃないけどね。自分の場合、まずは運動、そこにつきます(笑)。みんな!体力つけよう(おやじの切なる願いでした)。

 今日の国分寺は晴れ。昨日、姪が遊びに来て包装用の紙袋のスタンプ押しなど手伝ってくれた!サンキュー!イベントなんかでも手伝ってくれているので、今後はまどそら堂・主任ということで。店番もやってくれるとうれしい(ボランティアだけどね・・・)!

 今日流れているのはキース・ジャレット。久し振りです。
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by yoshizo1961 | 2014-09-23 15:03 | お店あれこれ | Comments(0)

今日でブログ一周年

  実は今日9月22日で、「古書まどそら堂国分寺日記」が1周年!

 よくまあ続いたもんだ・・・といっても、まだ一年だけどね(笑)。それでもとりあえず定休日や年末年始、臨時休業日以外は毎日書いていたから、自分的にはよく書いたもんだと。そもそも日記なるものは昔から書いてはいたけれど、こうして開陳するものとしてはそれなりに気を使い(笑)、言葉遣いにも気を付けて書いてきたつもり。自分だけの日記ならもう書きたい放題(てにおはでたらめ・誤字脱字だらけ・脈絡無視)だが、公けにする日記でしかもお店がらみだからそうもいかない。といってもそんなに大げさなもんでもないか。

 なにしろ店番中に書いているから、たまに書くほうに熱中してしまって、お客様そっちのけという場面もあったりしてそれはどんなもんかという感じもたまにある。概ねさっさか書けるように努力はしても、内容が重くて考え込んで書いてたりするとどうしても時間がかかったりする時もある。乗れば乗ったで、だらだらと長々書いてしまうし。たまには短文でサラッと、けれども深い文章など書けたらいいなと思ったりもするが、そんな文豪的能力には及ばず、それでもそんな風に書いてみたいという思いは少しはある。

 ブログ内のカテゴリでやはりいちばん多く書いているのは、本あれこれ。他にお店あれこれも多かった。他にはマンガ、SFなども。ネタに困ってミュージックあれこれも始めたけどYouTubeをアップできるようになってから楽しくなった。

 今まで書いてきた中では、今でもダントツナンバーワンのアクセス数を誇っているのが「陸奥A子ふたたび」。陸奥A子ファンの皆様、ありがとう!ベスト2は「秋元文庫のある本屋」。これは秋元文庫情報が少ないからこちらに行きついてくれるのかも。ベスト3は「横溝正史の彩り」。これは画像がいいからなんじゃないか?と思える(自分としても撮った画像の中では気に入っている1枚)。

 印象的だったし、アップした時期にかなりアクセス数が多かったのは「「やがて森になる」そのとき」。小谷さん、ありがとね。自分としては印象に残っているものは「なにをやってもダメな一日」とか「この坂を上れば」。「この坂を上れば」の学生さんはそれ以来見えてないけど、また会いたいね。

 そんなわけでなんとか書き続けてきて、それでも懲りずにまた続けていきますのでどうぞ、よろしく!明日からも頑張ります!

 今日の国分寺は晴れ。明日はどうかな。

 今日流れているのは昨日と同じく押尾コータローです。
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by yoshizo1961 | 2014-09-22 14:47 | お店あれこれ | Comments(0)

ブックタウンプロジェクト3回目終了

 昨日は天気も良くてよかったね。国分寺ブックタウンプロジェクトのワークショップも7月、8月、そして昨日の9月の3回目で無事終了した。といっても、11月のぶんぶんウォークのイベントに向けて、「始まった」というべきか。

 3回目は、1,2回目のワークショップを踏まえ、具体案を練る場となった。各テーブルに分かれて出た案を元にそれをもっと具体的に練り上げる。ここはここで新たに提起される事柄や、問題点も検討されて、より具体性を持った案に修正されていく。今までの展開と流れ、今回のワークショップで展開された案やその具体的な進め方などは、正確性を持つためにもフェイスブックの”ブックタウンプロジェクト”にアクセスしていただいて確認されたし。

 要するに11月23,24日のぶんぶんウォークのなかで、「ブックタウン」の括りで色々なイベントをやって、ぶんぶんウォーク後もどんな形にせよ継続していこうということ。イベントの柱は一箱古本市で、23日が国分寺の街中で展開、24日は元町地域センターに集合して展開するという話になっている。告知ももうすぐ出るから興味のある方は応募してみて。

 ブックタウンの総本山となる元町地域センターでは、ビブリオバトルをはじめ、リレー小説とかクイズや料理など、本にまつわるイベントが目白押し・・・といってもそれをどう進めるかが大事なところ。イベントまでの期間もそうない中で、決め事を確定し、告知し、実際動く人の段取りなど、そっちのほうが大変そう。

 けれどもなんとかイベントが実行できれば、その後につながる人間関係やモチベーションなどが生まれるだろうね。国分寺がブックタウンになるかどうはそんなところのパワー次第というところか。

 今回ワークショップの手伝いをさせていただいて、初めて、こういうかたちで討議する場のことをワークショップというのか・・・と知ったのだった。それにしてもみんな物怖じもせず、自分のアイデアを発表し主張できるなんてすごいですなーと思いましたわ、ほんと。実は人前で発表とか喋ったりとか大の苦手で、子どものときは赤面症だったし、人前でたら手が震えるタイプなので、こういう場面で声をだすことすら緊張したよ。とりあえず終わったのでよかった、よかった(っていうか、これからなんだけど)。

 一箱古本市などの応募方法などが決まったらこちらのブログでも情報いれます。みんなで盛り上がりましょう!

 今日の国分寺は秋晴れ。栗ご飯おいしかったです。

 今日流れているのは、押尾コータロー。落ち着きますな。
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by yoshizo1961 | 2014-09-21 14:23 | ブックタウンプロジェクト | Comments(0)

完全なる自由

 人はどこまで自由になれるのか?というより、そもそも自由ってなんだ?というところが、一昨日の夜の「虎の穴」のテーマであった。

 自由といってもその定義からして難解だ。社会的な自由、自我としての自由、運命に逆らう自由。様々な事例を検証しても自由を定義することは難しいし、虎の穴の数時間で定義ができてしまうわけもない。そこで話は緩やかに脱線し、例えば家族の中での個(子でもいいけど)の葛藤について話が及び、それを自由という観点から紐解けばそれぞれの関わりや思いが浮き彫りになってきたりするが、親と子のすれ違う思いについて話が白熱し、自由になれるのかというテーマからまた少しづつ脱線して行くという展開に。

 脱線するだけならまだしも、どうしてもその時に頭の中で巣食っている問題に引き寄せていきがちな店主の強引さに引きつつも、我慢強く思考する学生メンバーたちのほうがどちらかといえば年上にも見えてくる状況の中、自由には責任を伴う、または覚悟であるといった議論に発展。リバティというよりフリーダムという意味において、責任を持つこと、または覚悟をもって生きること、それが自由への道であるといった展開で話は進む。

 さらに、制約があってこそ自由という概念が生まれる、という視点から議論する。「型」にはまらないことが自由なのか、そもそも「型」がなければ自由は生まれない?のか。まったくの無からは自由は湧き上がって来ないものなのか。アートは自由か?自分の自由を表現したものがアートならば、やはりそこにも「型」があったのか?また、運命論もしくは決定論、業、因果応報に至るまで、もう決まっている未来に対して抗うこと、たとえそれがすでに決まっている道だったとしても、そこを自覚しつつそれでもなおそこを超えて生きること。それこそが自由なのである・・・といった(ニーチェ?が降りてきて参加していたらしい)心を揺さぶる自由へのアプローチをもってして議論がまとまって行く。

 どこまで自由になれるのか、という問い自体が思考のテーマとしてキラキラしてた。だから脱線を繰り返しても面白かった。時間の制約がなければまだずっと話は続いていただろう。今回は「虎の穴」的思考議論大会は大成功だったと思う。次回もこんな感じでいければいいな、と。
 
 次回のテーマは「天地創造」。脱線中にヒョイと出てきた話。世界はどうやってできあがっているのか?宇宙の果てはどうなっているのか?そもそもなんで我らはいるのか?その答えは誰が知っているのか?神様か?・・・宇宙の果てはこうなっていて、こうなんですよ、ほらね、この通り。とか、なんで私たちは存在しているのかって?それはこうだからこうで、だからいるんじゃないですか。っていうように、どうしても知りたかった真実を、セオリー・オブ・エブリシングっていうやつを自分の想像力で明快に答え切るという試みです。自分の妄想、ではありません。世の中の、宇宙の、存在のすべての法則を、怒髪天を衝く虎の穴的想像力でもって論破します(すげー!)。ヲタな話で終わるか、それともノーベル賞ものの理論が生まれるか(笑)楽しみです。

 今回出てきた話ですが、今までの虎の穴ではたまにしか画像や音声、映像などの記録を録っていなかったので、今後そうした記録もちゃんと録って行こうと。それと、会場であるまどそら堂の狭さで参加人数に制限があるこの現状を打破するために、例えばネットでライヴを配信して、ネットからでも参加できる方法も検討しようと。どこまでできるかわかりませんが、そんなことも考えています。また、冗談レベルですが、まどそら堂のCM、ラジオ放送なども検討中(笑)。来月以降の「虎の穴」の告知、情報発信についてはフェイスブックページ(フェイスブックに加入していなくても閲覧できます)のイベントコーナーであらたに独立したページを立ち上げる予定です。こうご期待!

 今日の国分寺は曇り。晴れ。お知らせ:明日は国分寺ブックタウンプロジェクトの第3回目のワークショップに参加するため、終日出張っていますのでブログはお休みです。お店はちゃんと開いてますよ!明日は副店長のお出ましです。よろしく!

 今日流れているのは、10CC。古臭くないねー!

 
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by yoshizo1961 | 2014-09-19 16:53 | 虎の穴あれこれ | Comments(0)