カテゴリ:虎の穴あれこれ( 48 )

タンポポと綿帽子

 ゴールデンウイーク最終日、みなさんどう過ごしているのかな?

 なんかよくわからない天気だね、今日は。わたしも3連休させてもらってリフレッシュと言いたいところだけどそういうわけにもいかず、それでも違うパターンの3日間だったせいか、いつものルーチンワークに持っていくことがうまくできない。いつものようにお店のシャッターを開け、準備して、こうしてPCを立ち上げて、というところは同じでも、頭の方がついてこないのだよ。

 そもそも「詩」の展覧会まで、もう1週間もないじゃないか!おいおい、のんびりしていていいのか・・・などと考えてみたところで自分があわてても仕方ないのである。もっと、ドカッと腰据えて・・・とまで余裕があるわけじゃないけど、まあ、ほんと、あわててもね・・・。

 先週の水曜の夜、久し振りに「虎の穴」。今回初めて見学者が1名参加してくれたので店主含めて4名での虎の穴であった。メンバーの二人は展覧会にも出品するので、詩の話に終始した。二人とも10代、20代と若い世代代表なので、やはりその言葉も若い世代ならではであるから、他愛のない言葉であっても店主世代には新鮮だったりする(ことさら世代間の差を意識しているわけではないよ!)。いろいろ言葉も、幅があるもんだと感心したり。

 「詩」って難しい?そんなことはないよね。別にどう違うの?普通に使う言葉と。かまえてしまうからかな。特別な言葉なのかもしれないけど、やっぱり言いたいことというか、いつも抱えていることを言葉に置き換えてみるだけでいいのではないのか?と思う。それらしく、とか小難しく考えても・・・ね。スパッと、ガーンと。こんな言い方はいい加減だけどね。

 連休中に道を歩いていたら、傍らに見つけたタンポポ。素朴でいいね。子どものころからずっと周りにある花。派手じゃないけど、かわいい。名前もいいからかな?たんぽぽ・・・ぽぽっていうところが。あんなに黄色いタンポポが花から綿毛に変わると、なんであんなに真っ白なんだろう?ずっと見てたら不思議でならない。だからどうだって話ではないけれど。タンポポみたいに生きたいよ。・・・よくわからないけど。

  今日の国分寺は曇り時々霧雨。スカッと晴れてほしい!明日からは普通に戻れるかな・・・。

 今日流れているのはザ・バンド。「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」。
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by yoshizo1961 | 2014-05-06 15:08 | 虎の穴あれこれ | Comments(0)

46年間の死

 袴田事件の袴田元被告がほぼ48年振りに釈放された。事件のあらましは新聞やテレビのニュースで知る程度だが、一体この48年という時間の永さを、どう捉えたらいいのだろうかと、考えてしまった。

 逮捕されてから48年、死刑宣告を受けてから46年。冤罪であったなら、この46年間という途方もない時間をどうしてくれるのか。死を、首からぶらさげて生きる(?)という毎日はいったいどういうものなのだろうか。46年は永いよ。いろんなことを考えたり、したり、泣いたり笑ったりして生きる46年と、死を背負って生きる46年はあまりにも違いすぎる。それが、自分の犯した罪に拠るものであれば仕方の無いことかもしれない。が、そうではなくぬれぎぬだったら・・・。

 あそこが痛い、ここが痛いと言いながらも自分の足でどこへも行けて、美味いまずいと言いながらなんでも自由に食べられる。お金のある無しに関わらず、生活する部屋を持ち、しがらみや業を抱えながらも、とりあえずは自分の意思を持つことができる。嫌なことも楽しいことも悲しいことも全部自分の裁量だ。そんなあたりまえの日常を理不尽に剥ぎ取られることになって、しかも死刑だと言われたら、いったいどうなってしまうのか。

 真実や正義など信用できない・・・そう思うだろうから、本来のまともな思考を捻じ曲がった思考にすり替えて、自分をだますしか生きることができない。でも死刑だから生きられないんだと思えば、もうやりきれなくて涙もでないだろう。けれども、これもたんなる感想にすぎない。その立場になったらという仮定の言葉にすぎず、本当に、死ねと言われて死ななければならない状況なんて想像したってわからない。ただ、現実にそういう状況に落とし込まれた人がいる、という恐ろしさをどう捉えたらよいのか。

 テレビではそんなニュースの後には、町の可愛いパン屋さんの新作メニューの紹介など、たわいのない話題を流している。それが日常、だけれど、常に死を思いながら呼吸する日々を送る人が、この世のどこかには存在するのだという普通からしての非日常が、恐ろしい。

 死刑囚の俳句を集めた「異空間の俳句たち」/海曜社から、ある死刑囚の絶句を。


       
        冬晴れの 天よ つかまるものが無い     尚道


 
今日の国分寺は晴れ。暑いくらい。明日(29日・土曜日)は都合により、14:00(午後2時)からの営業となります。よろしくお願いいたします。

 今日ながれているのはバッハです。昨日、家で「世紀の曲がり角」を口笛で吹いていました。この曲に日本語の詞をつけて歌ったら面白いかなと思って、頭のなかで詞を考えながら吹いていたら、いいのが浮かんだんだけど、今日になったらもう忘れてしまいました・・・。
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by yoshizo1961 | 2014-03-28 16:35 | 虎の穴あれこれ | Comments(0)

やりたいこと&生活

 前回の「虎の穴」の話を。

 オリンピックで活躍する選手を紹介するニュースで、最近かならずといっていいほど出てくるのが小学生のときに書いた文集だ。ニュース記事ではありきたりの手法なんだろうが、たいてい将来の夢などを綴っているので都合がよい。オリンピックに出てメダルをとりたいです、と書いてある。

 サッカーの本田のときもそうだった。セリエAで10番をつける選手になりたい、と書いていた。そして、本当にそうなった。思い描いた夢を、子どもの頃から追い続けて努力した子どもたちの、ほんの一部だけが到達する頂点。

 誰よりも努力したのに一番になれない。自分ではなく周りの都合で断念せざるを得ない。そんな子どももいっぱいいる。小さい頃から「業」のようなものを感じ、子どもであるのに諦念の境地で生きている子どもだっているかも知れない。

 どんな子どもでも、いずれ大人になっていく。何らかの目的を持って生きていくわけだが、子どもの頃描いた通りに生きている大人なんて、ほとんどいない。けれどもそれに近づこうと努力して生きている大人はたくさんいるに違いない。努力というところまでは行かないまでも、自分が夢見ていた地点に沿うように生きていくだけでもましか。

 大人になって自分が夢見ていたことをやりたいようにやることが出来なくて、生活との両天秤で生きていても、どちらかのバランスが崩れれば、あっという間に瓦解する。器用にどちらも上手くまわせたらいいけれども。そのバランスを上手く保ちつつやれているうちは疑問にも感じないだろうが、上手くいかなくなってしかも引き返すことも出来ない年齢ともなれば、両天秤の生き方がむなしく映る。

 前回の「虎の穴」では、そういった「生業と本業」という捉え方の相違で議論になった。言葉や定義の齟齬がメンバー全員にあったのでまとまるわけもなく、中途半端な議論になってしまった。ややこしくてしかもデリケートなことなので、もう少し頭を冷やして考えなくては、と。

 やりたいことと生活を分けて考えられるのであれば、それでいいのだ。分けられない人はそれが苦しみなのである。どちらが正しいという話ではないが、ただ人それぞれ、では済ませられない気もする。考えたけど実際よくわからない。というか、答は解っていたのだけれど、考えてたら違う答も出てきてしまいよく判らなくなってきた、というところ。もう少し時間をかけて考えたい。そんな「虎の穴」の夜であった。

 今日の国分寺は晴れ。雪はすべてを停滞させてくれる・・・。

 今日流れているのはサックスのあの曲。しばらくこれかな。

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by yoshizo1961 | 2014-02-16 15:48 | 虎の穴あれこれ | Comments(0)

「雪原」

 言葉を剥ぎ取り、丸裸に。そして新しい服を着せてみる。その服は似合っているか?

 昨夜の「虎の穴」はそんな作業であった。お店の中にたまたまあったあるモノをひとつ取り上げ、そのモノの名前を剥ぎ取る(この世のすべてのモノ、在るものにも無いものにもすべてのものに名前がある驚き!名前の無いものを見つけたら、なんて呼べばいいんだ?)。そして、丸裸の言葉に服を着せてあげよう。みんな着せたい服の好みが違うから、丸裸の言葉はおしゃれに見えたりダサかったりする。言葉が新しく変われば、認識も変わるのだろうか。

 ある者はそれを「ヌカ」といい、ある者は「ユバ」という。それは「四畳半」であり、「ドレスを汚される喜びと苦悩」であるという。ただ「雪原」という言葉が示された時、そのモノは新しい服を自らまとい、喜びの産声をあげた・・・だろうか。

 昨夜の「虎の穴」を報告するのはちょっと難しい。言葉あそびでもゲームでもない、ややこしいテツガクでもない。答えもないし。ただ、わりと面白かった。取り上げたそのモノが何であるかは、お店で店主に聞いてください(意味不明な説明に終始するかもしれませんが)。次回の「虎の穴」は2月11日(予定)です。

 話は変わるが、先日この「虎の穴」メンバーと、現在、お店で個展開催中の矢櫃さんとが、店内で遭遇した。ともに表現するもの同士の会話は興味深いものであった(店主はこれ幸いと自分の仕事に没頭)。老練な美術家の幻術めいた話を、二十歳そこそこと、まだ未成年の学生がちゃんと渡り合って会話しているのを横目で見ながら、「虎の穴」がここまで成長したかと目頭が熱くなった(笑)。会話の中で出てきた南方熊楠や宮武外骨について、すぐ大学の図書館で借りてきて読んでいるところが凄い。学内でも「教養研究会」なるサークルを立ち上げ、マガジンを制作するとか。この「虎の穴」メンバーも春に開催予定の「詩」の展覧会に参加することになっている。

 表現者がまわりに溢れていて、ますます変わった古本屋になっていくまどそら堂を、今後共よろしく(古本屋業もちゃんと腰すえてやりますよ、もちろん)!

 今日の国分寺は晴れ。少し暖かいのでドアは開けっ放しです。

 今日流れているのはキース・ジャレットの「ケルンコンサート」です。
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by yoshizo1961 | 2014-01-28 14:15 | 虎の穴あれこれ | Comments(0)

スカスカの太陽と俯瞰症

 昨夜の「虎の穴」(11月19日ブログ参照)では「ポストしらけ」というテーマで考察及びパフォーマンスが行われた。参加者はいつもの3名。

 結局「ポストしらけ」は、悟り世代と同様または近しいものであるという展開に。そしてミュージシャン(自称)の大導寺シンさんのパフォーマンス。「俯瞰症」と名づけられた、悟り世代を表現した作詞作曲のオリジナル。彼の頭の上に浮かぶのは店主が作った「スカスカの太陽」。
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自らの演奏、打ち込み、生声をデジタル加工して作り上げた「俯瞰症」を、パソコンから出力してライブ表現してみせた大導寺さんは、ドンピシャの悟り世代である。その詩もそのまま悟り世代のツボを表現していると思う。しかし本人は、ここで言われる「悟り」のアンチテーゼとして作詞したはずなのに、何故かスラスラ書けたので、批判的に捉えていたにもかかわらずその中に属していたのかも知れない、との思いを持ったそうだ。

 店主の世代からしてみれば、悟り世代云々より、たとえば大導寺さんの作品制作の手段やその表現の仕方の方が新鮮で面白かった。あたりまえのようにデジタル技術を駆使して、あたりまえのように表現できる。店主世代は「新人類」と呼ばれることが多かったが、彼らから見れば新人類どころかネアンデルタール人くらいかもしれない。

 それにしても、ポストしらけまたは悟り世代を象徴したつもりで作った、店主の「スカスカの太陽」がこれほどアナログなものに見えたことは自分自身、少しばかり驚いた。おれはやっぱりアナログ思考なのか。うーん。
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 次回の「虎の穴」は年を越して1月後半に行われます。日取りは決まり次第ブログにて告知いたします。次回のテーマは「その名を呼ぶことは禁止、されどその名を呼ぶ」です。テーマの意味は、そのものを表す本質的な言葉を使わず、そのものを指し示す言葉を探り当てるということです。それは説明にとどまらず、比喩も暗喩も越えながらも説得力のある、新しい言葉を紡ぎだそうという試みです。よく判らないかもしれないので、お店で店主に聞いてください。

 今日の国分寺は晴れ。そんなに寒くない?

 本日のBGMはピンク・フロイドの「あなたがここにいてほしい」。

 今回の「虎の穴」の作品、「俯瞰症」です。


希望の未来は僕には見えません
不吉な足音も僕には聞こえません

欲しがりません、勝つまでは
欲しがれません、勝ち目はないから

☆右向け右、左向け左
 先生、月向けばいいですか?

右向け右、左向け左
とりあえず、とりあえずみんなの進む方向へ

★映る景色も、人の涙も
 高みの見物、無表情で

 じっと眺めてるだけ
 ただ見つめてるだけ
 だって僕にはカンケイナイから

大人たちの懐古趣味
自由の革命家はもういないのに

感じない悲しみも、感じない喜びすらも
感じてる本当は・・・実感がないだけ


間奏

★繰り返し



「俯瞰症」 大導寺シン

※先生、月向けばいいですか?の「月」は「次」の誤植だそうですが、あえてそのまま掲載します。 
 
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by yoshizo1961 | 2013-12-17 17:01 | 虎の穴あれこれ | Comments(0)

「虎の穴」の夜

 昨夜の晩は虎の穴であった。
 
 引き続き「中二病」について考察した。参加者は店主を含めて3名。どうも店主の頭がうまく働かず、いまひとつ理解が及ばないただのおやじと化していた為、参加者の発言に鋭く切り込むことが出来なかった。中二病に何か特別な意味を求めているわけではなく考察する対象としてあるわけだが、ともすればその意味とか由来とかそのあたりを確かめ合うだけで話が進みがちになり、本質に肉薄する言葉なり表現がうまく出てこないので、どこか本質の周辺をさまよう3人・・・という感じであったか。

 とはいってもさまよっているのは店主一人で、参加者二人は同じくらいの年代であるから同世代の共通言語で理解しあえているようでもあった。世代の違いと捉え方の違いとを重ねて考えることはしたくないので、つまり店主の理解力と考察力とが乏しかったということだろう。

 というわけで参加者の了解をいただき、「中二病」から派生し、セカイ系ともいえる作品を掲載しますので、作品そのもので考察ください。私も今一度、自問自答してみます。


こどもの失恋には、ときに
自己の存在が足元から揺らぐような
強烈な恐怖と苦痛が伴う。

あなたがわたしでないだなんて。
わたしがあなたでないだなんて。

その事実をつきつけられる瞬間。
事実を受け入れなければならない瞬間。


私がこどもだった頃
私は、私の世界のなかに住んでいた。

私はなにもかもと一心同体で、世界の全てを俯瞰し
把握し、理解し、統制することができた。

愛する彼/彼女らと無条件に分かり合えると信じていた。
全能な私は、安心して世界を思うままにできた。

しかし
恋人との、家族との、その他もろもろとの失恋の果てに
私は私の世界の住人と離別した。
それはほんの2,3年前の出来事。

そして
初めて他者と出会った。


「私」が全から一になる瞬間。
私が一だということは
彼/彼女も一なのだと諒解する瞬間。

私と愛する誰かは、同じものではなく
彼/彼女もまた他者なのだった。
私もまた一人の個の人間なのだった。


恐怖と苦痛に見舞われながら、私は、生まれて初めて、世界を覗きこむ。
思い切って、飛び込み、接触し、他者に身を任せる。

離別。

同時に他者との初対面。


はじめまして。



パフォーマンスアート『離別。他者との対面』に添える文章
                           成瀬みやか

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今日の国分寺は晴れ。みやかさんの作品はお店の「虎の穴」コーナーでも見られます(上の画像)。次回の「虎の穴」は2週あとの12月16日(月)を予定しております。次回のテーマは「ポストシラケ」です。もうひとりの参加者が次回のテーマに沿った音楽による表現を示唆していましたので、次の回はライブが見られるかも!(プレッシャーじゃないよー)

本日のBGMはクロノス・カルテット。静かな夜です。
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by yoshizo1961 | 2013-12-03 17:29 | 虎の穴あれこれ | Comments(0)

「虎の穴」始まった!

 先日からお知らせしていた「国分寺まどそら堂Art虎の穴」が昨夜、まどそら堂で行われた。

 嵐のような風と雨の中、わざわざ参加していただい大勢の皆様に感謝・・・と言いたいところだが、参加者は店主含め2名だったので、差し向かいで珈琲などを飲みつつ、おごそかに始まったわけである。

 もうひとり、参加予定だった方がやむない事情で欠席となったので、テーマである「中二病」の核心をつくであろうその方の意見に期待していた分、少し肩透かし気味ではあった。が、ちゃんとテーマに沿って制作した互いの作品を前に、講評じみたやりとりをしてはみた。まあ、二人だけなので話はテーマからはずれていったが、それはそれで白熱した内容となり意義のある初回となった。
 
 ちなみに、参加者がひとりもおらず、店主一人だった場合はどうするか?さっさと帰り支度をするか、それとも傍らの石ころを拾ってきて、その石ころと対峙するか。月曜の夜、まどそら堂の真ん中で石ころと会話している店主を見ても怖がらないでください。

 とはいっても参加者の作品はまさしく「中二病」らしく見えた。「中二病」自体の定義が自分の中ではまだ曖昧なので、はっきりこうだという言い方は出来ないけれど、真摯に向き合った作品だとは言い切れる。そんなことを真剣にやったり考えたりすることに何の意味があるというなかれ。馬鹿馬鹿しくとも大真面目にやっていれば何か見えてくることもあるのだ。

 そんなわけで「中二病」がまだ未消化なので、次週(12月2日)も引き続き同じテーマで考察します。「中二病2」です。皆さんのご参加をお待ちしております(虎の穴の趣旨、参加に関する約束ごとなどにつきましては、11月19日付けのブログをご参照下さい)。参加希望の方は当日19:00にまどそら堂へお越し下さい。
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 今日の国分寺は晴れ。そんな寒くも無く良かったです。昨日もお知らせした通り、明日(水)と明後日(木)の2日間、連休させていただきますので、どうぞよろしくお願い致します。お店の角っこに「虎の穴」コーナーを設けました。お声をかけていただければ解説させていただきます。よろしくー!

 本日のBGMはビートルズ。初期の赤い二枚組。ポールはまだ日本にいるの?
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by yoshizo1961 | 2013-11-26 17:03 | 虎の穴あれこれ | Comments(0)

「まどそら堂ART虎の穴」始めます

 お知らせです。

 「まどそら堂ART虎の穴」と題して、アート全般、または(アートではなくても)時事に関するあらゆる題材を掘り下げて考察する会を、まどそら堂にて始めます。 

 あらかじめひとつのテーマを決め、それに沿って参加者自らが考え、或いは制作し、表現します。考察の仕方や表現の方法はひとそれぞれで良しとし、表現されたものを参加者同士で講評します。物事の本質にせまることで自らの感性を磨き、思索のスキルを身につけることを目的とします。他者の表現と自らのそれをすり合わせたり、または反発したりしながらディスカッションします。

 もちろん学校のゼミでもサークルでもありませんから、レポート提出といったような堅苦しいスタイルではなく、調子が良くなければ見学だけでもかまいませんし、あらかじめ何かを制作して来なくてもその場で即興で表現することもOKです。また、考える事も、作ることもはじめから括りを設けず、あらゆる可能性の上で表現できればと思いますが、飲酒・喫煙、大きな音を出すとか、暴力的な振る舞いとか、思想信条を強要するものなどはNGですのであらかじめご了承ください。

 先月(10月2日)に83歳で亡くなられた文芸評論家の秋山駿さんは、一つの単語を定義するのに3時間かかると言われたそうです。また、道端から拾ってきた石ころを机の上に置き、いろいろな問いかけをしたそうです。一貫して「本当の言葉」を求め続け、自分で定義した言葉だけで表現し、欧米の借り物の理論を排し、実感を掘り下げるように作品を論じた(11月18日付け毎日新聞記事より抜粋)そうです。実際、表現とはそういうものかもしれません。

 とりあえず来週の月曜日の夜(11月25日)、19:00より会を開きます。それ以降の予定はその時点で決めて行きます。会費500円です。簡単なお茶(珈琲)、お菓子などはご用意いたします。店主も参加しますが、男女の大学生二人が進行役を務めます。興味のある方は当日の夜お店においでください。最初のテーマは、「中二病」です。

 借り物の言葉ではなく、自らの言葉を紡ぎたいあなたのご参加をお待ちしております。

 今日の国分寺は晴れ。今日、伝説の人が来店された。詳細はまた後日、お楽しみに。今夜は少し営業時間を延長して9時頃までやってます。

 本日のBGMはマイク・オールドフィールドの「プラチナム」。いい感じです。
 
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by yoshizo1961 | 2013-11-19 17:30 | 虎の穴あれこれ | Comments(0)