カテゴリ:美術あれこれ( 41 )

夕日を追いかけて

 高校3年生の冬。冬っていっても11月くらいか、いや、今ぐらいか?そうだね、今ぐらいだと思う。じゃあ秋かな。
 
 学校が終わると部活(美術部)には出ず、速攻で海まで行って、海に沈む夕日をスケッチするという、17,8歳ならではのセンチメンタリック衝動ともいうべきか、そんなことをしていた。

 そう、たった数回だったけど・・・。いつもは部活で時間ギリギリまで学校にいるって感じだった。Iくんという同級生と二人でとにかくチャリをこぎまくり、必死こいて海まで走る。この季節はすぐ夕日が沈むので、学校終わってすぐ行かないと間に合わないのだった。

 学校から海まで自転車で行くなんて馬鹿げていると思えるくらい相当な距離があり、今だったら絶対行かないけど、当時は夕日が海に沈むシーンを見たくてしょうがなかった。何故なんだろうね。天竜川沿いの道を汗をかきつつ、手はかじかむという熱いのか寒いのかよくわからないままひたすら走る。海に到着すると、川の入り江から海岸沿いにめぐらされた防波堤に這い上がり、半身を海側に投げ出し遠州灘に沈む夕日をみつめる。辺りはオレンジ色に染まって、水平線の上をたなびく雲だけが青みがかったグレーに。

 呆けたように夕日を見つめたら、おもむろにスケッチブックを開き、パステルで速攻描き。パステルと、ゆびと、手のひらでグワーっと。あっという間に沈んでしまうから夢中になって描く。とはいえ対象はだだっ広い海と空、半分沈んだ太陽とたなびく雲があるだけ。いくら描いても何枚描いてもほぼおんなじ絵になってしまうのだった。

 永遠にゆらぐ波間と、夕日の赤が同調して混じり合うその色合いは、時間を飛び越えた何かを感じさせてくれて、たとえば無いとか在るとかそんなことまで考えてしまいたくなるようなそんな時間だった。17年しか生きていないのにずーっと存在していたような気になって、いまここに在るすべてはこのオレンジ色というか濃いバーミリオンの世界の中で生まれたんだという、何だか突拍子もないそんな気持ちになったのだった・・・だって若かったからね。

 東村アキコの「かくかくしかじか」を読んだことと、今の時期だったなーということで、そんなことを思い出したんだけども、今の自分にはその描きたい衝動がまだあるのかないのか?どっちかな。

 今日の国分寺は雨。どしゃぶり・・・

 今日流れているのは、リー・オスカー→ブラックサバス→ポール・ウェラー・・・です。
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by yoshizo1961 | 2017-10-19 15:44 | 美術あれこれ | Comments(0)

絵を描いていますか

 ある日の閉店時間を回った時間帯、そろそろ片づけようかと思いつつも、うだうだしていた夜。

 ちょっとけだるそうな感じで女の子が入ってきた。いや、女の子っていっても二十歳前後な。大きなビニール製の袋や何やら買い物袋を抱え、なんだかアンニュイな雰囲気を漂わせ。お店の隅に荷物をぞんざいに置いて、棚を見つめる。

 この子が帰ったら片づけよう。そう決めて事務仕事を進めつつ見守る。けっこうしっかり本を見ていた彼女、ヴィンテージ雑誌を1冊買ってくれた。帳場の前で伏し目がちに雑誌を差し出すそのしぐさがどこかめんどくさそうで、機嫌でも悪いのかなと。

 でもよくよく見れば、ていうかどうみても美術系にしか見えず、武蔵美か?と聞いてみると、そうじゃなくて浪人中だという。近所の美術予備校の生徒だと。別に不機嫌なわけでもなく、美術系特有の斜に構えた雰囲気バリバリなだけだった。

 来年受験だね。自信はあるのか?と問えば、そうでもないと。いや、絵のスキルがどうのじゃなくて、自分の表現ができているか自信がないのだと言う。でも美大受験なんてスキルを見るしかないじゃないかって言うと、そんなことじゃなくて自分の絵が描けているかが問題なんだってムキになって言う。頭の中は絵のことでいっぱいだ。自分も美術系だったと言うと、すかさず今も描いているのか?と聞かれグサッとくる。帳場に掛けている絵を見せると、面白いって笑ってくれる。

 彼女は普通に美大系の受験生なんだと思うけど、大学に入ることが目的で勉強しているわけでもなく(もちろんそうでもあるんだけど)、自分が描きたいもの、描きたいという表現欲求や衝動について、毎日朝から晩まで考え続けているんだって顔をしてた。だから何を見ても、誰かと話をしていてもご飯を食べていても、美術のことばかり考えているんだろうなと。

 鼻筋の通ったかわいい子で、同世代の子のようにおしゃれすればアイドル系にも見える感じの子だったが、髪の毛はボサボサ、手のひらは絵の具だらけで、ずた袋を引きずるようにしてうつむき気味で帰って行った。また来いよって言うと、うんって。でも、もう来そうもないかな。そんな気もする。

 うちに帰って東村アキコの「かくかくしかじか」を再読する。あの子とは違うけど、なんだかしんみりした。

 今日の国分寺は晴れ。明日はほろ酔い夜話第十夜があります。

 今日流れているのは、押尾コータロー、クィ―ンです。
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by yoshizo1961 | 2017-10-12 16:18 | 美術あれこれ | Comments(3)

棟方・ヴィンセント・ヴァン・志功

 棟方志功といえば思い出されるのが『わだばゴッホになる』。 以前うちのお店にもあったけど売れてしまった後入って来ない。

 いまうちにあるのは新聞社が発行した(たぶん購読者向けのノベルティ?)『棟方志功の宇宙』という版画集。1枚ものだけど1か月2枚づつで1年分の24枚。もちろん印刷。

 半艶のアート紙にオフセット印刷なので、棟方志功の作品の図像としては認識できるけど、本物のリアリティには程遠い(当たり前です)。せめてマットな紙というか和紙にでも刷ればそれっぽくなると思うけど、逆にそれもまずいのかもしれないか・・・。あくまでもコピーですもんね。

 あの版木に顔をすりつけるようにして掘り進む様は、版画道を極めたアーティストとしてのリアリティそのもので、もしまだ生きていれば会ってみたかった作家なのであった。刷ったあとで裏から彩色した色鮮やかな作品が印象的だが、代表作でもある釈迦十大弟子のような墨一色の作品が好き。わだばゴッホになると言って、本当にゴッホみたいになったんだから作家として本望なんだろうなと。

 棟方志功。版画全般についてはあまり詳しくないけど、棟方は好き。おすすめです。

 今日の国分寺は晴れ。

 今日流れているのも昨日と同じくサキソフォンの曲です。
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by yoshizo1961 | 2017-07-13 15:11 | 美術あれこれ | Comments(0)

静かなるボルタンスキー

 クリスチャン・ボルタンスキーの作品集が入荷しました。

 クリスチャン・ボルタンスキーは、フランスの美術家。ユダヤ系フランス人の父を持つ。そのためにボルタンスキーの作品にはホロコーストを意識させるものが多い。ていうか、人物写真と電球の組み合わせから感じられるあの静謐さからは、「死」を意識せざるを得ない。父親がホロコーストに巻き込まれそうになった世代であるから、ボルタンスキー自身、親を見てそんなトラウマを抱えてしまうことは無理もなく、人物写真の作品以外の影絵や心臓の音にしても、「生」の裏返しの「死」が作品の本質だということはすごく伝わってくる。

 なぜか魅かれる作家。享楽的な作品じゃないからかな。享楽的というのは言葉通りの享楽的という意味。真摯に何かに向かっている感じが作品にありありと浮かんでいるし、歴史的な部分はさておき、人間本来の生死にかかわる問いに共鳴してしまう。歴史的な部分というのは、ホロコーストを体験もしくはリアルに感じられる経験を持っていないという意味(本や映画等で得た知識の中でのホロコーストは知っていても)。

 なんの前知識が無くてボルタンスキーの作品に触れても、作家が見ているであろう世界、または提示しようとしている世界が何となく伝わってくるのは、この作家の美術力が凄いからではないか。日本では地味な印象しかないかもしれないが、特筆されるべき作家だと思う。クリスチャン・ボルタンスキー、おすすめです。

 今日の国分寺は晴れ。

 今日流れているのは、フランク・ポールです。
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by yoshizo1961 | 2017-07-06 14:20 | 美術あれこれ | Comments(0)

田中一村のかなた

 NHK日曜美術館黒潮の系譜『田中一村作品集』が、再入荷。

 縦35㎝×横26㎝という大きな版のこの画集は、田中一村の作品を知るには絶好の作品集となっている。一村については以前にも書いたことがあり、それでもこの画集を見ると、また何か言いたくなるという不思議な魅了を持った作品集なのである。

 ていうか田中一村の絵を生(なま)で観ることができればその凄さにたじろぐこと請け合いで、この作品集でもってしても生(なま)の迫力には及ばないが、その片鱗には触れられるのである。「アダンの木」の背景のさざ波など泣けますよ。

 田中一村の画家としての生活やその画業についてどうのこうのは今回は触れないが、ま、とにかくこのでっかい作品集で一村の力ある絵と対峙して、ううっとなってほしい。この画集は探せばその辺にいっぱいある気がするが、実際はそうでもなくて、しかもでかいのでネットで買う場合なんか送料がバリバリかかるわけであるので、ここはひとつまどそら堂で買っておくか・・・ていうのがベストだと(笑)。

 ま、それはいいとして、『田中一村作品集』おすすめです。

 今日の国分寺は晴れ時々曇り。風が冷たい。

 今日流れているのは、ポール・マッカートニーです。
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by yoshizo1961 | 2017-04-10 16:09 | 美術あれこれ | Comments(0)

電球あってのボルタンスキー

 昨日の定休日は副店長と共に目黒の庭園美術館まで出かけて、クリスチャン・ボルタンスキーの展覧会を観たのだった。

 今日と同じく生あたたかい風が吹く昨日であった。なんだかすごく久し振りに目黒駅に降り立った。ウン十年前、サラリーマン時代に目黒まで毎日通っていたので割と知っているつもりだったが、すっかり変わってしまってよくわからないのだった。

 駅を出てテケテケ歩いて庭園美術館へ。夜だと言っていたのに割と強めの雨が降りだす。濡れていい感じの庭園。なにはともあれボルタンスキー。好きな現代美術家なのである。

 クリスチャン・ボルタンスキーはフランスのアーティストで、映像や写真と白熱電球を組み合わせたインスタレーションの作品を発表してきた人。以前から、何とも静謐で生と死を感じさせるその作品に魅かれていたので、庭園美術館のあの建物の中でどんな感じになっているのかと楽しみにして出かけたというわけであった。

 新作なのであろう音声だけの作品は、荘厳なアール・デコの部屋の中でなんだか不思議なことになっていた。どうなのかとは思ったが、この場所ではこういった表現でしかできなかったのかなとも思う。影絵の作品はボルタンスキーっぽくてすごくよかった。画像とかないのでこんな感じですとお伝えできないのが残念。ま、リアルで見るのがいちばんなので行ってみてください。風鈴の映像作品についても同じくすごくいい。まどろんでしまう。

 ボルタンスキーの作品からは、重たいものが内包されているのはもちろん伝わってくるので、きれいだねーとかいいねーとかでは言い表せないのだけれども、それでもなおかつボルタンスキーに魅かれるのは、やっぱあの白熱電球だろう。

 もちろんそれが単純な見方でしかないということはよくわかって言っているんだけれど、即物的なインパクトであってもやはり白熱電球あってのボルタンスキーなのだと思ってしまう。ていうかあの光はボルタンスキーの作品の核なんだと思う・・・。

 作品を見終わって、雨が止んだ庭園を歩く。モミジの落ち葉がきれいすぎる。ボルタンスキーと落ち葉か。いい展覧会であった。25日の日曜日までです。

 今日の国分寺は晴れ。あたたかいんだけど。

 今日流れているのは、パリ、テキサス。
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by yoshizo1961 | 2016-12-23 14:39 | 美術あれこれ | Comments(0)

今日はアーカイブス4

 今日はアーカイブスです。


『センター街で号泣 』2014.1.8


 篠原有司男というアーティストを知っていますか?

 正月休みに、渋谷へ映画を観に出かけた。映画を劇場で観るのは久し振り。観た映画は、「キューティー&ボクサー」。アーティスト篠原有司男と妻・乃り子のニューヨーク生活40年のドキュメンタリー。これを観て、はからずも泣けてしまったのだ。

 篠原有司男を知ったのは学生時代だ。当時、神保町で美術手帖のバックナンバーを買い漁っていた頃(まだその頃は、美術手帖の古い号も二束三文で売られていた)で、60年代の美術手帖では篠原有司男は大スターだった。ネオダダと称し、日本に於ける現代美術の最先端を走っている人であった。その絶頂期に、美術出版社から「前衛への道」という本を出しているが、この本を古本屋で見つけて買った頃から、ギュウちゃん(篠原有司男の愛称)のファンになった。

 ギュウちゃんは既に渡米して、ニューヨークのアートシーンで孤軍奮闘していたが、河原温や荒川修作のようにはいかなかったらしく、評価されずに貧窮に喘いでいたようだ。そのあたりの状況も日本には時折伝わってきて、それでも、いばって作品を作っているギュウちゃんは、自虐風ではあってもかっこよかったのである。アンフォルメルの影響で始めたボクシングペインティングが有名だが、バイク彫刻と呼ばれる、オートバイを模した一連のダンボール製の彫刻には多大な影響を受けた。かならず後世に残る作品だと思う。

 そんなギュウちゃんに(15年程前のことだが)、偶然、遭遇した。銀座のとあるギャラリーの前で。思わず「ギュウちゃん!」と叫んだ。ギュウちゃん、と呼ばれたことに好感を持ってくれたのかはわからないけれども、快くサインをしてくれて、おまけに似顔絵まで描いてくれた。妻の乃り子さんの個展のために帰国していたらしかった。

 見た目は何処にでもいそうなおじさんだったけれど、いまや80歳を越えて、さすがにおじいさんになってきた。そんなギュウちゃんと乃り子さんの映画が、渋谷でかかっていると聞いて、これは行かねばならないと出張ってきたわけである。

 久し振りにきた渋谷は、ほとんど香港のゴーズウェィベイのようで、国分寺のゆるさに慣れた体にはきつく感じてしまう。人に、あたるという感じか。腹ごしらえのために食べた香港風釜飯が思った以上に脂こくって、映画館の席に座った頃には胃がムカムカしてきたが、映画が始まるとそれもすぐに忘れた。

 映画の中の二人に引き込まれた。ギュウちゃんは相変わらずエネルギッシュだが、よる年波には逆らえずどこかよろめく足取りが痛ましく、乃り子さんの言葉もリアルに胸に響く。アートを志した者なら、静かに観てはいられないだろうと思う。3500ドルの金を稼ぐ為に、バイク彫刻をかばんに無理やり詰め込んで日本に行き、なんとか売って現金を乃り子さんに渡すシーンのいじましさはなんとも言えない。ギュウちゃんのショーの一部屋で、乃り子さんが描く二人の成り立ちの絵が、意外にもギュウちゃんの作品を食ってしまうくらい出来が良くて驚いたが、乃り子さんがギュウちゃんに自慢げに語りかけるシーンでは、理由もなく泣けた。身につまされる思いを感じて、どうしても泣けてしまったのだった。

 映画の余韻を感じながら駅まで歩く。どこか現実感のない渋谷のセンター街の途中で、無性にこみ上げてきて、立ち止まって嗚咽した。本道を逸れずに生きていれば、多少の生きにくさなど、どれほどのことも無い。そういうことなのだろう。

 ちなみに古本屋で買った「前衛への道」は学生時代、同級生に貸したまま返って来ない。もう借りたことすら忘れているのだろう。絶対読んでないと思うが、万が一これを読んだら速攻で返して、H君!


 今日の国分寺は曇り。今日はちびまどにおります。お店は副店長。

 今日流れているのは、ビートルズです。
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by yoshizo1961 | 2016-09-12 14:19 | 美術あれこれ | Comments(0)

シンプル・シモンの夜

 一昨日の水曜日の夜、閉店時間すぐに店を閉めて、副店長とともに阿佐ヶ谷にあるミニシアターに。20:30~上映の「シンプル・シモン」を観に。

 ミニシアターは、ユジク阿佐ヶ谷。阿佐ヶ谷駅北口から3分くらい。阿佐ヶ谷はいいですなー、こんないい感じの映画館はあるし、呑み屋もいっぱいある(笑)。生活するのも楽しそう。国分寺にもこんな感じのミニシアターがあればなぁ・・・。

 ま、とにかく「シンプル・シモン」。スウェーデンのラブコメディ。いかったです!アスペルガー症候群の主人公とその兄、そしてその恋人と・・・。重そうなようであっけらかんとしてる。アスペルガーゆえにおこる悲喜劇と主人公シモンの世界観の誠実さと。そして彼を取り巻く人々の視線。みんなやさしさに溢れてしかし特別なわけでもなく。観た後で時間が経てばたつほど味わいが広がってとりこになりそう。

 そんですごかったのは、全編に流れるスウェディッシュ・ポップ!いい感じの曲ばかりでしかも映画にピッタリ(あたりまえか)!家、部屋、壁紙、家具、皿、何もかも北欧なデザインで(これもあたりまえか)、こちらもいい感じなんですよ。

 上映が終わって10時をまわった阿佐ヶ谷から、また中央線に乗って帰った来た。電車内ではシモンみたいに宇宙にただよってボーっとしてました。「シンプル・シモン」はなんと今夜の回が最終。ユジク阿佐ヶ谷で夜8時半からだよ!夏のおすすめ北欧映画でした。

 今日の国分寺は晴れ。まだまだ暑い。

 今日流れているのは、ブラック・クロウズです。
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by yoshizo1961 | 2016-08-26 14:39 | 美術あれこれ | Comments(0)

今日はアーカイブス3

 今日はアーカイブスです。

 
『ジャック・ワイルドみたいに』 2014/6/23


 今日は映画の話。1971年に公開されたアラン・パーカー監督のデビュー作「小さな恋のメロディ」について。

 この映画を初めて観たのは公開から6~7年後。高校生の時、田舎の名画座で。それからテレビ放送で観たりビデオで観たりで、もう何度もくり返して観てる。何がそんなにいいのかと自分でも思うほど観たけれども、忘れたころに、また観たくなる。日本では大ヒットした映画だけど、本国のイギリスではそれほどでもなかったらしい。

 初めてまともに見たイギリスの風景と生活。ヒルトンの「チップス先生さようなら」で頭の中に出来上がっていたイギリスの学校のイメージもそのまま。こてこての日本的生活とは何もかもがまるで違っていて、ある意味ではカルチャーショックめいたものも感じたりした。食の風景もまるで違ったなぁ。昼飯に家族でハム(生ハム?)だけをお皿で食べているシーンは、えー、これだけ?って感じだったが、それがおいしそうでたまらなかった。主人公の一人であるダニエル(マーク・レスター)は中産階級の家の息子で、もう一人の主人公のメロディ(トレイシー・ハイド)は労働者階級の家の娘だったが、労働者階級でどちらかといえば貧しい家であっても、大きなテーブルで家族みんなで大きな生ハムをナイフとフォークで食べるシーンは、ちゃぶ台でたまごかけごはんが定番のイメージの自分にとっては、超リッチな感じがしたもんだ。

 脇役ではあったが、存在感で二人の主人公をも食っていたオーンショー(ジャック・ワイルド)も労働者階級の家の子で、しかも貧しい家の子という設定であったが、彼が食べる昼飯にしてもオーブンに無造作に投げ入れたなんだかわからない食べ物であっても、たまごかけごはんよりおしゃれでおいしそうだった。

 そもそもこの映画はそういった社会の構造とか、権威と、旧態依然とした教育の現場を下敷きに、なぜもっと自由にものごとを感じてはいけないのか?というテーマを「恋」というかたちにして描いたものだが、高校生の時に観た印象は、トレイシー・ハイドが可愛いいとかジャック・ワイルドがかっこいいとかそんなこと。そしてメルヘンな恋の行方に気を取られて、あの二人はどこへ行っちゃったのかなー、などと思っていただけだった。けれども何度も観るうちに映画そのものの深みにハマっていった。

 もし自分で映画を撮るなら、この映画の影響は多分に出ることだろう。ビージーズの曲と映像がマッチアップするあの感じとか、ジャック・ワイルド的立ち位置の配役とか。それに絶対なのは、この映画のラストシーンのように、だんだん上空にカメラが引いて行って風景に溶け込む終わり方!もうほとんど頭の中では出来上がっちゃってる(笑)。

 当時はジャック・ワイルドみたいにちょっと斜にかまえた奴がかっこよく見えたが、それはいまでも変わらない。ジャック・ワイルドはもうこの世にはいないが、ああいう感じの役者さんで映画を作ってみたいもんだ(作れればいいなーという想像の話だけど)。まだ観たことないというアナタ、いますぐTSUTAYAへGO!

 今日の国分寺は晴れ。台風一過で猛烈な暑さ。明日は定休日です。また金曜日に。

 今日流れているのは、REMです。
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by yoshizo1961 | 2016-08-17 15:13 | 美術あれこれ | Comments(0)

フランク・ステラふたたび

 先日、副店長が佐倉の一箱古本市に行った際、同じ佐倉にある川村記念美術館に寄り、フランク・ステラの作品を見てきたという。フランク・ステラはアメリカの現代美術家で、いまや巨匠となってしまった人。

 自分に影響を与えてくれた人でもあり、ステラときけば捨ておくことことはできず、またまたステラの作品について思いをめぐらせてしまうのだった。ステラのレリーフは絵画なのか彫刻なのかと、自分の作品でもないのに悩んでいたっけなー。ま、今となっては悩むようなことでもないと思う。絵画だろうが彫刻だろうがどっちでもよくてステラはそのままステラなのであった。

 それでもやっぱレリーフは絵画だと思う(笑)。いや、彫刻も絵画だと。彫刻というから混乱するなら、立体でもいいかな。立体でも絵画だと。ステラは絵画だと思う。

 余分なものがないというか、絵画の要素しかない。ステラの別の何かがあのレリーフ(たとえばインディアンバードシリーズ)にあったら、またちがう広がりを持ったんだろうとは思う。たとえばステラの個人的な記憶や思い入れなどを表象化してそれも作品にぶちこんでいたら・・・。

 雲形定規のフォルムがそれだといえば言えなくもないが、もっと違う泥臭い何か。絵画とは違う何かがあったらもっと深くなる?

 年月を経てステラを見たときそう思った。絵画以外の要素が欲しくなったのは、ステラの作品にそのあたりがあればというより、年月を経た自分自身がそのあたりを欲っするようになったのだと思う。言っていることがよくわからないと思うけど(笑)。

 なんだか俺はステラになりたかった?いやいや巨匠とかっていう意味ではなく、ステラの絵画にはまりたかったんだよね。はまってはいたけど、その奥のまた奥の深層まではまりたかったのかもしれない。佐倉まで行きますかね(笑)。

 今日の国分寺は雨。今は降ってない。明日は木曜日なのでお休みです。また金曜日!

 今日流れているのは、フランク・ステラではなく、フランク・ポール。
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by yoshizo1961 | 2016-06-22 14:51 | 美術あれこれ | Comments(0)