夕日を追いかけて

 高校3年生の冬。冬っていっても11月くらいか、いや、今ぐらいか?そうだね、今ぐらいだと思う。じゃあ秋かな。
 
 学校が終わると部活(美術部)には出ず、速攻で海まで行って、海に沈む夕日をスケッチするという、17,8歳ならではのセンチメンタリック衝動ともいうべきか、そんなことをしていた。

 そう、たった数回だったけど・・・。いつもは部活で時間ギリギリまで学校にいるって感じだった。Iくんという同級生と二人でとにかくチャリをこぎまくり、必死こいて海まで走る。この季節はすぐ夕日が沈むので、学校終わってすぐ行かないと間に合わないのだった。

 学校から海まで自転車で行くなんて馬鹿げていると思えるくらい相当な距離があり、今だったら絶対行かないけど、当時は夕日が海に沈むシーンを見たくてしょうがなかった。何故なんだろうね。天竜川沿いの道を汗をかきつつ、手はかじかむという熱いのか寒いのかよくわからないままひたすら走る。海に到着すると、川の入り江から海岸沿いにめぐらされた防波堤に這い上がり、半身を海側に投げ出し遠州灘に沈む夕日をみつめる。辺りはオレンジ色に染まって、水平線の上をたなびく雲だけが青みがかったグレーに。

 呆けたように夕日を見つめたら、おもむろにスケッチブックを開き、パステルで速攻描き。パステルと、ゆびと、手のひらでグワーっと。あっという間に沈んでしまうから夢中になって描く。とはいえ対象はだだっ広い海と空、半分沈んだ太陽とたなびく雲があるだけ。いくら描いても何枚描いてもほぼおんなじ絵になってしまうのだった。

 永遠にゆらぐ波間と、夕日の赤が同調して混じり合うその色合いは、時間を飛び越えた何かを感じさせてくれて、たとえば無いとか在るとかそんなことまで考えてしまいたくなるようなそんな時間だった。17年しか生きていないのにずーっと存在していたような気になって、いまここに在るすべてはこのオレンジ色というか濃いバーミリオンの世界の中で生まれたんだという、何だか突拍子もないそんな気持ちになったのだった・・・だって若かったからね。

 東村アキコの「かくかくしかじか」を読んだことと、今の時期だったなーということで、そんなことを思い出したんだけども、今の自分にはその描きたい衝動がまだあるのかないのか?どっちかな。

 今日の国分寺は雨。どしゃぶり・・・

 今日流れているのは、リー・オスカー→ブラックサバス→ポール・ウェラー・・・です。
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by yoshizo1961 | 2017-10-19 15:44 | 美術あれこれ | Comments(0)
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