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アーカイブス・ウィーク⑤夏の終わりに見る夢は

 本日もアーカイブス・ウィークです。夏の話なので季節感ズレズレですが・・・


「夏の終わりに見る夢は」:2016・9・5

 
 もうすぐ秋だというのに、こうクソ暑いと妄想も暴走する。

 あまりの暑さに朦朧としたまま夜道をフラフラ。いつ店を出たのかどこをどう歩いたのかもわからず。いつのまにやら頭の上に電信柱の裸電球がひとつ。電信柱と寄りそうようにすすけた板でできた昭和な塀。塀の奥、路地の向こうに、一軒の古本屋が・・・。

 こんなところに古本屋なんてあったっけ?開けっ放しの引き戸。昭和30年代にあったような木造平屋。こんなレトロな建物でしかも古本屋?いぶかりながらも古本に引き寄せられるように敷居をまたぐ。なんだか梶井基次郎の檸檬に出てくる本屋のよう。

 平台にはヤケがきつい古本が並び、壁の棚もほとんど骨董だし、いや、ここは昭和、それも30年から40年代のリアルといってもいいレトロ古本屋だ。それにしてもよくできてるなあと見まわしてみると奥の帳場にまん丸の銀縁眼鏡をかけた店主らしき男が居眠りをしている。かたわらにおなじく居眠りする猫。

「すみません・・・」かすれた声で訊いてみる。ここはいつから?
いままで居眠りしていた丸眼鏡の主人がむっくりと顔を上げる。 
「・・・・・・?」
あ、その。
「・・・ああ、申し訳ない、眠ってしまったようです。誰も来ないのでつい」
「こちらはいつからここに?いままでまったく気が付かなかったものですから」
「うちですか?いつからって・・・かれこれ3年前くらいですかね。昭和36年の5月からですから・・・」
「はい?昭和36年?」
「ええ」

 まだ居眠りから覚めていない主人に合わせて、ああ、そうですかとひとりごちながら、ゆっくりと店内を見渡す。ほんとによくできている。使っている什器は骨董で揃えられるけど、この壁や柱、天井などのエージングはハンパじゃない。ここまでレトロに仕上げる技術は相当のもんだよ・・・。

 平台に目を向けるとどこかで見たような本が・・・。ん?これって。
そこにあったのはどこをどう探しても出てこない栗田信の『発酵人間』!まさか・・・。
驚きを超えて妙に冷静な面持ちで手に取ってみる。本物だ。しかも美本。こんなレア本がなぜ・・・。
「あ、あの、これはいくらですか?」恐る恐る訊いてみる。
「ん?あ、ああ発酵人間ね。値付けしてなかったっけ?そうだね、じゃあ60円でどう?」
「・・・60円?」
うそだろ、やっぱりこのオヤジどうかしてるよ。帯付き美本なんだよ、相場で40万円はするのに!

 たったの60円ぽっちで何も知らない主人をだまして買ったような気にもなり、良心の呵責を感じはしたが『発酵人間』の魅力には抗えなかった。両手で抱えながら来た路地を戻る。おぼろな月明かりがあやしく足元を照らす。いやな汗が背中を伝う。

 路地をさ迷いながらもと来た道をたどろうとするが、進めば進むほどどこを歩いているのかわからない。おれはどうしてしまったんだろう。『発酵人間』をしっかり胸で抱え直す。これだけは落としてはいけない・・・。

 どこをどう歩いて帰ってきたのか自分でも判然としないが、なんとかお店の帳場まで戻ってきた。やれやれ。変な夜だな。大事に抱えてきた『発酵人間』を机に置こうとして、手に何もないことに気づく。え?

 足元に朽ちかけた葉っぱが一枚ひらひらと舞い落ちる。あー、ばかされたか。それとも時空の狭間にはまって昭和の時代の夢でも見ていたというのか。

 何事もない、誰もいない店内で、ああ、そうだ、おれはいまそんなことを考えていただけなんだと気付く。朦朧とした意識で妄想していただけ・・・?そういえばあの古本屋のおやじ、誰かに似ていたな。誰だっけ?   

 今日の国分寺は雨のち晴れ。明日は火曜日なのでお休みです。また水曜日に。

 今日流れているのは、キース・ジャレットです。
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by yoshizo1961 | 2017-03-27 15:32 | お店あれこれ | Comments(0)
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