子りすの哲学カフェ

 家に帰ると、副店長が体育座りで、“ひとり哲学カフェ”開店中だった。

 何してるの?と聞くと、わたしって浅はかなんだよねとか、逃避?とか、聞き慣れない言葉があふれだしたので、ていうかそんな話、副店長の口からここ100年は聞いたことがないというか、前世でも聞いた覚えがない(笑)。

 たしかに誰もが考え込んで、ひとり哲学カフェを開いてみたりするが、たいがいそういう時は堂々巡りするのでロクな考えにならない。ま、ふつうはネガティヴ思考のドツボにはまり込みクサクサして終わるか、逆に都合よく自己肯定して、人間だもので終わるかのどっちかだ。

 しかしあらゆる問題はあらゆる空間に散らばっており、暮らしの中で抱え込む問題をなんとかクリアするために頭をひねるわけだが、自分で考えないとダメなのは当たり前として、誰かの助言に頼ったりしてもいいし、先人の知恵とか経験を参考にするのもいいわけで、どうにもいかんとなれば、もう言われた通りでいいかと、問題を放棄して自分の中の縛りを解きほぐすことも、ま、時と場合によってはいいのかもしれない、と。

 中途半端な思考であれやこれや周りに発信してしまうと、たいがい齟齬が生じてつまらない方向にこじれていく。自分はそんなことをいつも繰り返しているので偉そうなことは言えないが、ま、やっぱなんでも「人」対「人」の視点をベースにして、そこをおろそかにせず考えて、ものを言うべきなのでないかと(ぼくはそれがうまくできず、独りよがりな視点になっていることが多い)。

 考え込む副店長は、たぶん自分が埋めたどんぐりをどこに埋めたのか覚えていない、ていうか埋めたことすら覚えていない子リスのような目をして、虚空を見つめていたのだった(笑)。

 今日の国分寺は晴れ。花粉よ、天の微塵に散らばれ!(宮沢賢治風)

 今日流れているのは、変なレコード・・・
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by yoshizo1961 | 2017-03-09 15:01 | 副店長ネタ | Comments(0)
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