電話ボックスの郷愁

 そういえばこの間お客様と、携帯電話が無かった頃の話で盛り上がった。

 ちょっと前まではそこかしこに公衆電話があり、10円玉を10枚くらい握りしめてかけてたんだよなあ(テレフォンカードが出回る前の話)と。アパートの近所の電話ボックス。

 今じゃ駅前くらいにしか見当たらない。あの電話だけがつながる手段だった。有線の電気信号が言葉だったのだから、今の携帯電話というのはテレパシーに近いかも。もっともっと小型化されて、耳飾りくらいになってそれで話していればもうテレパシーにしか見えないし。

 公衆電話の時代はそれはそれでゆるくてよかった気がする。時間があったというか、何事かにかける時間の取り方が今とは違って、きっと時間に色がついていたらあの頃の時間とはまったく違う色なんだろうなぁと。

 世の中の動き方がすっかり変わってもその変化を体験してきた世代であれば、あの電話ボックスの郷愁は感じられるはず。生まれたときから携帯電話があり、みんながスマホをいじっている子どもらの世代からしたら、どんなにゆるやかな世界に見えるのか。いや、不安になるのかな?

 スマホもパソコンもファックスもない、もちろんラインもフェイスブックもツイッターもない電話ボックスだけの世界でつながれば、人間関係はもっと密になる?いや、そうだった?それとも逆?僕はこのブログをどう書くのか?・・・紙の日記に戻るだけかな。

 今日の国分寺は曇り。雨は大丈夫かな・・・

 今日流れているのは、グレン・グールドのCD。たまにです。
b0304265_13474116.jpg

[PR]
by yoshizo1961 | 2016-10-22 13:47 | お店あれこれ | Comments(0)
<< 今年の秋も東京蚤の市 木曜はちびまど >>