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今日はアーカイブス4

 今日はアーカイブスです。


『センター街で号泣 』2014.1.8


 篠原有司男というアーティストを知っていますか?

 正月休みに、渋谷へ映画を観に出かけた。映画を劇場で観るのは久し振り。観た映画は、「キューティー&ボクサー」。アーティスト篠原有司男と妻・乃り子のニューヨーク生活40年のドキュメンタリー。これを観て、はからずも泣けてしまったのだ。

 篠原有司男を知ったのは学生時代だ。当時、神保町で美術手帖のバックナンバーを買い漁っていた頃(まだその頃は、美術手帖の古い号も二束三文で売られていた)で、60年代の美術手帖では篠原有司男は大スターだった。ネオダダと称し、日本に於ける現代美術の最先端を走っている人であった。その絶頂期に、美術出版社から「前衛への道」という本を出しているが、この本を古本屋で見つけて買った頃から、ギュウちゃん(篠原有司男の愛称)のファンになった。

 ギュウちゃんは既に渡米して、ニューヨークのアートシーンで孤軍奮闘していたが、河原温や荒川修作のようにはいかなかったらしく、評価されずに貧窮に喘いでいたようだ。そのあたりの状況も日本には時折伝わってきて、それでも、いばって作品を作っているギュウちゃんは、自虐風ではあってもかっこよかったのである。アンフォルメルの影響で始めたボクシングペインティングが有名だが、バイク彫刻と呼ばれる、オートバイを模した一連のダンボール製の彫刻には多大な影響を受けた。かならず後世に残る作品だと思う。

 そんなギュウちゃんに(15年程前のことだが)、偶然、遭遇した。銀座のとあるギャラリーの前で。思わず「ギュウちゃん!」と叫んだ。ギュウちゃん、と呼ばれたことに好感を持ってくれたのかはわからないけれども、快くサインをしてくれて、おまけに似顔絵まで描いてくれた。妻の乃り子さんの個展のために帰国していたらしかった。

 見た目は何処にでもいそうなおじさんだったけれど、いまや80歳を越えて、さすがにおじいさんになってきた。そんなギュウちゃんと乃り子さんの映画が、渋谷でかかっていると聞いて、これは行かねばならないと出張ってきたわけである。

 久し振りにきた渋谷は、ほとんど香港のゴーズウェィベイのようで、国分寺のゆるさに慣れた体にはきつく感じてしまう。人に、あたるという感じか。腹ごしらえのために食べた香港風釜飯が思った以上に脂こくって、映画館の席に座った頃には胃がムカムカしてきたが、映画が始まるとそれもすぐに忘れた。

 映画の中の二人に引き込まれた。ギュウちゃんは相変わらずエネルギッシュだが、よる年波には逆らえずどこかよろめく足取りが痛ましく、乃り子さんの言葉もリアルに胸に響く。アートを志した者なら、静かに観てはいられないだろうと思う。3500ドルの金を稼ぐ為に、バイク彫刻をかばんに無理やり詰め込んで日本に行き、なんとか売って現金を乃り子さんに渡すシーンのいじましさはなんとも言えない。ギュウちゃんのショーの一部屋で、乃り子さんが描く二人の成り立ちの絵が、意外にもギュウちゃんの作品を食ってしまうくらい出来が良くて驚いたが、乃り子さんがギュウちゃんに自慢げに語りかけるシーンでは、理由もなく泣けた。身につまされる思いを感じて、どうしても泣けてしまったのだった。

 映画の余韻を感じながら駅まで歩く。どこか現実感のない渋谷のセンター街の途中で、無性にこみ上げてきて、立ち止まって嗚咽した。本道を逸れずに生きていれば、多少の生きにくさなど、どれほどのことも無い。そういうことなのだろう。

 ちなみに古本屋で買った「前衛への道」は学生時代、同級生に貸したまま返って来ない。もう借りたことすら忘れているのだろう。絶対読んでないと思うが、万が一これを読んだら速攻で返して、H君!


 今日の国分寺は曇り。今日はちびまどにおります。お店は副店長。

 今日流れているのは、ビートルズです。
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by yoshizo1961 | 2016-09-12 14:19 | 美術あれこれ | Comments(0)
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