本と知の妄想

 もう以前から言っていることなんだけれども、古本以外に雑貨なんかを置いたりして、今までよりちょっと違う形態に移行するのもいいかも・・・なんて繰り返しているが、ひょっとして、もともとの古本屋という形態そのものの認識を変えるべきなのではと。

 具体的に言えば、自分自身が古本屋だと思っているので古本屋なのだけれど、ではたとえばうちは古本屋ではなく(では何か?という問いはここではさておき)、違う店なのであると認識し、そしてお客様もそう思うというくらい違うものになればいいのではと。

 何を言っているのかわからないかもしれないが、たとえば最近では新刊本と古本両方取り扱うお店もあり、「本」本来の意味からすれば新刊も古本もなく、本を売るという意味では振り分ける必要もないわけで。

 そもそも「知」そのものである本を扱うことは、消費されるだけではない何かもいっしょに売るわけであって、売る店が「知」を生み出しているわけではないが、「知」を振りまく役目を担っているとも少しくらい言ってもいいかもしれないと。

 そこでまたそもそも「知」は本だけに限らないのであって、美術でも音楽でもいいのであるから、まどそら堂に行けば、本以外の「知」に出逢えて、買えるというかたちが理想であるということだろうか。要するに古本屋という括りでいるより、何だかわからないけど、もの以外の何かも買えるそんな形態のお店になれないかということ。

 超具体的に言えば、古本も新刊もあり、美術も音楽も映像も詩もあり、それらを表現する場も提供し、コーヒーもビールも飲めて、おいしいご飯やスイーツも食べられる、そんなお店。もちろん日本中にはそんなお店が結構あるのかもしれないが、国分寺でそんなお店ができたらなと。

 理想であっても理想を越えて現実にしてみたい・・・と大風呂敷を広げるくらいのことは許してやってください(笑)。

 今日の国分寺は曇り時々晴れ。夜は雨?

 今日流れているのはザ・バンド。ウエィトが入っているアルバムです。
b0304265_1525536.jpg


 
[PR]
by yoshizo1961 | 2016-03-28 15:03 | お店あれこれ | Comments(0)
<< 夢を見た 未整理本 >>