對木裕里「左みずうみ」

 この間の木曜日、馬喰町のAlainisutheonlyoneで、對木裕里の個展を観た。

 何はともあれ對木さんは、作品を作り続け、発表し続けている。すごいことです。

 何かを作っていくことは美術家なら当然の日常であっても、生活にからめとられて制作の手が止まったり、停滞したまま動かなくなる場合がままあるのは仕方がない。だとしても、毎日まいにち美術のことを考え美術のために生きることは、美術家と名乗るうえで当然のこと。だとしてもけっこうきついときもある。

 對木さんは美術のことを考え、作品のことを考え、そのループのなかで呼吸しているんだと思う。モノをつくるその発想や欲求の源がそこらじゅうに転がっていて、たとえばそれが物理的な現象やふるまいだったとして、それを見て感じて、自分が作るモノに変容させていくわけだ。

 変容というのか触発なのかよくわからないけど、對木さんの霊体と同調した自然の物理的ふるまいは、現実の肉体と思考を通過して実体と化す。そして海の底で朽ち果てた異形な貝のごとく、カルシウムの白がむき出しな、それでいてかすかに有機的な名残を感じさせる色を一部にまとい、居心地悪そうにギャラリーの床に置かれたりする。

 整然と置かれた作品同志が、関係を持ちたそうなそうでなさそうな表情で、いつものなにか思わせぶりな面持ちが消えて、すくっと立っているようなそんな印象。壁の絵(?)も、ペインタリティな風情よりも、物質感が勝って平たい彫刻のようであり、それでも目を引く絵画であり、いい感じであった。

 なにがどうしてこうなった的な話はこの際聞かぬとも、作品と対峙(対峙というか触れ合ってというか)して、何かを感じ、こうしていればそれでいい気がする。對木さんの作品を観た帰り、現代美術館に寄り建築家の作品を観たり、他の作家の作品も観たが、工藤哲巳と宮島達男と對木裕里の作品がその日見た作品ベスト3であった。

 今日の国分寺は何となく晴れというか曇り。夕方から寒くなってきた。

 今日流れているのは、トム・ウェイツ。一日中しわがれ声が・・・
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by yoshizo1961 | 2015-10-10 16:47 | 美術あれこれ | Comments(0)
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