どうせハゲですよ5

 先日の休日の話。

 その日は夜から冷えて寒くなったが、昼間はコートもいらないくらいのポカポカ陽気。まだ春とはいわないまでも、冬ももうすぐ終わりかなとは思える。その日の夕方前の午後、用事があって出かけた。

 日の入りまではまだ数時間あるから、一日はまだ終わっていない感が残っている時間帯。風もおだやか。今日は休みなので着ているものも頓着せず、ひげも剃っていない。まあ、お気楽な感じでふらっとお出かけ、という感じか。

 電車に乗って二駅ほど行く。座らなくてもいいかなと思ったけど、空いていたので座る。前の座席に座っている人を何気に見てしまう。若い兄ちゃんが、あごを上げた格好で眠っている。耳にはイヤホン。今風の、横わけ風後ろから前へスタイルの髪がふさふさと。

 そういえば、帽子被ってくるのを忘れたな・・・。昨日の晩は頭を洗ってないので、いまいちな髪になってはいまいか。毎日風呂には入っても、冬場は一日おきに髪を洗うので、ローテーション的にはその日は洗ってない日なのであった。洗った翌日は髪の毛がさっぱりといくらかフワッとしている気がするけど、洗ってない翌日は、どこかしら力のない髪になって、ペターっとしている気がする。

 実際には、洗った次の日も洗ってない次の日もそれほど変わるわけでもなく、自分が気にしているだけであって、人が見てもわからないと思う。というより、そんなこと考えてないだろうし。今風の髪型のお兄ちゃんが羨ましいというより、何故これほど髪の毛及びヘアースタイルが気になるのだろうか、と。

 考えてみれば、髪の毛はアタマを保護するために生えているはず。アタマを守るクッションであるなら、齢をとればとるほど体の動きは悪くなるのだから、アタマを守るために齢を重ねるごとに、ち密でふさふさしていくのが自然の摂理というものではないのか?
 
 若いうちは敏捷なのだから、高齢者よりアタマを痛めるリスクは少ないはず。だったら若いうちほど薄毛でもよくて、齢を重ねるごとにふさふさしてきたってよさそうなもんじゃないか?しかも、ただの毛なのに、何でみんなこんなに髪型に気を使うのだろう?

 毛がどういう風にカットされていようが、どういう風にクルッとなっていようが、どうでもよくないか?よくよく考えてみれば。人間は、哲学などと言って色々考えたりして、生きることの意味なんかを模索したりするけれども、その前にとりあえずヘアースタイル。だから、人間のホントの根源はこのあたりにあるんじゃないのか、と。生きる意味より、ヘアースタイル!これが人間だ!・・・などと考えながら電車を降りると、改札を出たところで一陣の風。

 おお、おれの髪型もボブ・ディラン風に、風に吹かれて、今風に見えてはいまいか。吹かれて変わるほど緻密に生えているわけじゃないけどね。そのくらい想像したっていいでしょ、たまには。そんな事を思った休日の午後でした。

 今日の国分寺は雨。店内は、外置き本箱の山で足の踏み場もなし。それにしても、いつも髪の毛のことを考えているわけではないので、一応・・・

 今日流れているのは、キース・ジャレット。雨ですから・・・
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適当な写真がないんです・・・
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by yoshizo1961 | 2015-03-09 15:07 | 虎の穴あれこれ | Comments(0)
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