現代美術?

 おとといの夜は「虎の穴」であった。

 今回の参加メンバーはいつもと同じく小林少年、大導寺シンと私、ゲストに彫刻家の宮本智之さんの4名。宮本さんは武蔵美の彫刻を出て働きながら立体作品を制作・発表しているアーティスト。5月には個展の予定あり。

 さてさて、お互いの自己紹介などもそこそこに、いきなり作品にまつわる話に突入。店主が記録用の動画を撮る設定に手をこまねいている間に3人で話は進む。東経大にて行われた葵祭における展覧会の小林少年の作品について掘り下げた話が展開中に店主も合流。

 今回のテーマは「アートに対して批評は可能か?」というものだったが、その入り口に行くまでに各々の持つアートとしての作品感を確かめ合うような論議が続く。具体的には、小林少年の「棺」の作品の持つ意味の検証、また作者自身の思いがどう他者(見る者)に伝わっているのかまたは伝わっていないのか、はたまたその意味・無意味、またあらゆる解釈の可能性を包含しているのかそうでないのかなど、お互いの認識のずれのせいでうまくかみ合わない討議になりながらも、とにかく具体的に作品についての検証(これも批評に属するのかそれとも感想なのか)が行われる。

 宮本さんは、東京都現代美術館にて展示されていたカール・アンドレの鉄板のミニマル作品と、同じ空間に展示されていた冨井大裕の画鋲による作品を引き合いに出して、その状況を具体的に紐解いて、作品の在り様とか本質を説明してくれた。そのあたりから、現代美術の姿というか、現代美術の神髄についてそれはどういうものなのかといった話に進んで行く。

 現代美術に対する表層的な捉え方、たとえば、わかりにくいとかアイデア?とかそういった捉え方はどうなんだという話からいったい現代美術とは何だという話で終始する。個々の具体的な作品から現代美術の大枠を探る話は、お互いの認識を多少近づけたかもしれない。要は新たな概念を生み出す行為を含んだアートが現代美術であって、アンチからうまれたものだけでもなく、新しいスキルを見せるだけでもなく、もちろんアイデア勝負でもなくたとえそれの前例らしきものがあろうがなかろうが、今までに見たことのない、感じたことのない新たな言葉を持った作品こそが現代美術なのではなかろうか、という展開。これにはまだ議論の余地があるので次項に続くものとする。

 いつものことながら予定時間をとうに過ぎて、話の収拾というところで、宮本さんの昨年暮れの個展の作品についての話になりその意図と見え方・感じ方など作家自身の言葉と各々の感想が飛びかった。

次回は全くできなかった今回のテーマ以外に、“対象”をその作家を通して(作家によって変換されたイメージを)見ることの意味またその表現をなぜ見たいと思うのかといったあたりを、あらかじめ自分の意見をまとめておくということで終了。宮本さん、ありがとうございました。次回もよろしく!

今日とりあえず撮りっぱなしにしていた記録動画を確認しようとパソコンをいじりたおしたんだけど、何故か撮れていなかった。保存ができていなかった?さっぱりわからない!あー、次回はちゃんとします、スミマセン。

 今日の国分寺は晴れ。もう少し、というかたくさんパソコンのスキルを上げなければ・・・。

 今日流れているのは、ザ・フー。「フーズ・ネクスト」です。
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by yoshizo1961 | 2015-02-06 15:41 | 虎の穴あれこれ | Comments(0)
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