頭の中のひとり言

 昨日の晩、うっすらと考えていたことを書いてみようと思う。自分の中で上手く消化できていないことであって、誰それに向かって言いたいことでもない。頭の中のひとり言みたいなもの。

 みんなそれぞれの居場所で、何かしら考えながら生きていて、昨日も今日も、喜んだり悲しんだり腹を立てたりしながら暮らしている。自分ひとりだけが、喜んだり悲しんだり腹を立てたりしているわけじゃない。誰もがみんなそういう風にしているわけだ。

 たとえばフェイスブックやブログでは、今日はこうだった、明日はこうだというように毎日の日常をさらけ出す人もいれば、ある特定の情報を規則正しく毎日発信したりする人もいる。何かに怒っていてそれを社会にぶつける人もいれば、自分の趣味をご開帳し続ける人もいる。今食べているレストランのおしゃれなメニューをアップすることが命の人もいれば、ただぼんやりと社会と繋がっていれば安心だという人もいるわけだ。

 受け取る側は種々選択すればいいのだから、見たくないものは見なければよい。だからといってつい覗いてしまうから、見なければよかった、または聞かなければよかった情報まで取り込んでしまうことがある。僕は今日こうして生きてきた、私は今日こうして生きながらえた、私はこう思う、僕はこう考える、あなたはどう思う?あなたはこうするべきだ、あなたはこうしなさい、そんなメッセージの渦にめまいを感ずる自分もまた、なにかしら発信して情報の渦をまき散らす。

 自分ひとりだけが何かしら考えているわけじゃない。ご近所さんとすれ違ってこんにちはとあいさつを交わした時に、相手は自分を認識すると同時に今夜のごはんと当面の抱えている問題について考えているのかもしれない。自分もこんにちはといいながら明日の予定を反芻していたりする。ひとりひとりの頭の中だけでもいろんな情報がひしめき合っているのに、他者の情報まで取り込んでしまい過ぎて、情報過多で胃もたれをおこす。

 同じことを繰り返すが、見たくないものは見なければいいのだから、自分でどうにでもなる気がするけれど、そこがそうもいかないのが日常であって、また今日も抱えられないことまで考えなきゃならないことになる。そりゃあ、ネコが可愛いのは仕方ないがネコをみてうっとりばかりしていればいいわけでもなく、安倍晋三の顔を見て日本の将来を憂れいていれば世の中が良くなるわけでもない。情報は渦を巻くのが当然で、逃げるものでも逃げられるものでもなくその情報とどう付き合うかが問題なわけで、結局自分自身の器量次第なんだと思う。

 余裕を持ちなさい、と自分自身が自分に言う。でも、そうできればいいんだけれど、ね?


 今日の国分寺は晴れ。お知らせです。年末年始の営業は、12月29日(月)まで。12月30日(火)~1月4日(日)までお休み。新年の営業は1月5日(月)からとなります。なお、今週の木曜日はクリスマスなので営業します!よろしくお願い致します。

 今日流れているのは、キース・ジャレット・トリオ。ボブ・ディランの「マイ・バック・ページ」が入っているアルバムです。
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by yoshizo1961 | 2014-12-23 14:43 | 虎の穴あれこれ | Comments(0)
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