完全なる自由

 人はどこまで自由になれるのか?というより、そもそも自由ってなんだ?というところが、一昨日の夜の「虎の穴」のテーマであった。

 自由といってもその定義からして難解だ。社会的な自由、自我としての自由、運命に逆らう自由。様々な事例を検証しても自由を定義することは難しいし、虎の穴の数時間で定義ができてしまうわけもない。そこで話は緩やかに脱線し、例えば家族の中での個(子でもいいけど)の葛藤について話が及び、それを自由という観点から紐解けばそれぞれの関わりや思いが浮き彫りになってきたりするが、親と子のすれ違う思いについて話が白熱し、自由になれるのかというテーマからまた少しづつ脱線して行くという展開に。

 脱線するだけならまだしも、どうしてもその時に頭の中で巣食っている問題に引き寄せていきがちな店主の強引さに引きつつも、我慢強く思考する学生メンバーたちのほうがどちらかといえば年上にも見えてくる状況の中、自由には責任を伴う、または覚悟であるといった議論に発展。リバティというよりフリーダムという意味において、責任を持つこと、または覚悟をもって生きること、それが自由への道であるといった展開で話は進む。

 さらに、制約があってこそ自由という概念が生まれる、という視点から議論する。「型」にはまらないことが自由なのか、そもそも「型」がなければ自由は生まれない?のか。まったくの無からは自由は湧き上がって来ないものなのか。アートは自由か?自分の自由を表現したものがアートならば、やはりそこにも「型」があったのか?また、運命論もしくは決定論、業、因果応報に至るまで、もう決まっている未来に対して抗うこと、たとえそれがすでに決まっている道だったとしても、そこを自覚しつつそれでもなおそこを超えて生きること。それこそが自由なのである・・・といった(ニーチェ?が降りてきて参加していたらしい)心を揺さぶる自由へのアプローチをもってして議論がまとまって行く。

 どこまで自由になれるのか、という問い自体が思考のテーマとしてキラキラしてた。だから脱線を繰り返しても面白かった。時間の制約がなければまだずっと話は続いていただろう。今回は「虎の穴」的思考議論大会は大成功だったと思う。次回もこんな感じでいければいいな、と。
 
 次回のテーマは「天地創造」。脱線中にヒョイと出てきた話。世界はどうやってできあがっているのか?宇宙の果てはどうなっているのか?そもそもなんで我らはいるのか?その答えは誰が知っているのか?神様か?・・・宇宙の果てはこうなっていて、こうなんですよ、ほらね、この通り。とか、なんで私たちは存在しているのかって?それはこうだからこうで、だからいるんじゃないですか。っていうように、どうしても知りたかった真実を、セオリー・オブ・エブリシングっていうやつを自分の想像力で明快に答え切るという試みです。自分の妄想、ではありません。世の中の、宇宙の、存在のすべての法則を、怒髪天を衝く虎の穴的想像力でもって論破します(すげー!)。ヲタな話で終わるか、それともノーベル賞ものの理論が生まれるか(笑)楽しみです。

 今回出てきた話ですが、今までの虎の穴ではたまにしか画像や音声、映像などの記録を録っていなかったので、今後そうした記録もちゃんと録って行こうと。それと、会場であるまどそら堂の狭さで参加人数に制限があるこの現状を打破するために、例えばネットでライヴを配信して、ネットからでも参加できる方法も検討しようと。どこまでできるかわかりませんが、そんなことも考えています。また、冗談レベルですが、まどそら堂のCM、ラジオ放送なども検討中(笑)。来月以降の「虎の穴」の告知、情報発信についてはフェイスブックページ(フェイスブックに加入していなくても閲覧できます)のイベントコーナーであらたに独立したページを立ち上げる予定です。こうご期待!

 今日の国分寺は曇り。晴れ。お知らせ:明日は国分寺ブックタウンプロジェクトの第3回目のワークショップに参加するため、終日出張っていますのでブログはお休みです。お店はちゃんと開いてますよ!明日は副店長のお出ましです。よろしく!

 今日流れているのは、10CC。古臭くないねー!

 
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by yoshizo1961 | 2014-09-19 16:53 | 虎の穴あれこれ | Comments(0)
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