(昨日から続き)
「んなぉぉぉぉぅっーーーーーーーーー!!」 ええっー?二十面相がご主人に向けてステッキを投げつけようとしたその瞬間、どこに隠れていたのか、まどそら猫が雄叫びとも悲鳴ともつかぬ泣き声をあげながら二十面相の腕に飛びかかった!腕を引きちぎるくらいに噛みついた痛みに、唐突にあげた悲鳴こそは二十面相のものだった。 猫ちゃんー!いいぞー!いいところで出てきたわー!って、居たならさっさと出て来いよー!その反動で床に振り落されたわたし。二十面相は痛みに顔を引きつらせてもんどりうつと、まどそら猫を振り払い、今度はほんとに怒りの表情をして立ち上がった。 「うーっ、ゆるせない、お前たちー!わたしを本気で怒らせたなー!」 って言ったって、わたしが何したって言うのよー!とんだとばっちりだわよー! 怒りに震えた二十面相はもうめちゃくちゃに暴れだして、お店の中はもうボロボロ、それよりご主人も猫ちゃんも、絶体絶命状態!もちろんわたしも!こんな時はどうしたらいいの、落ち着くのよ、落ち着いて、しいか。何か、何か手だてがあるはずよ。何か、何か忘れてる何か、ん?忘れてる?んん?そう、そうだーーーーーー!忘れてたー! 「ごしゅじーん!呪文よ!呪文をーーーーー!」 掠れながらも大きな声が出たわ。そうよ、彼、彼が。彼が助けてくれる? 棚の下敷きになったままで二十面相の無暗な攻撃を受けていたご主人は、わたしの言うことを瞬間的に理解して言葉を発しようとしたけれど、その時には意識を失う寸前だった。 「むら・・か・・み・・・」 えっー?なんていったの?むらかみ?それが呪文なの? 「む、む・・・ら・・か・・み・・・・りゅ・・う・・・」 ええっー?むらかみりゅう?むらかみりゅうが呪文なの?ほんとに? ご主人、力つきて意識を失ってしまったみたい。わかったわ、待ってて。わたしが彼を呼び出してみる! 「む・ら・か・み・り・ゅ・う」 ? 出てこないじゃない、ん?もう一度。 「むらかみりゅう!」 だめ?呪文じゃないのー? さっきからぶつぶつひとり言を言っていやがるのは、おまえかー?って、キャラが悪いやつ風に変わってきた二十面相がこちらに近づいてくる。うー、まずいよー。考えて、考えるのよ、しいか・・・呪文・・・じゅもん、むらかみりゅう、村上龍・・・。うん?そうだわ、少し前にご主人のブログで出てこなかった?村上龍の話、コインロッカー・ベイビーズの話で(2014/1/19ブログ参照)。そうよ、あれは、呪文よ!・・・思い出した!みぎぶたみぎぶ・・・ 「考えが変わったよ、もうここで始末してやる、おまえもみんなもすべて・・・」 二十面相の手が伸びてくる。いやーん。ああ、それより呪文、「みぎぶたみぎ・・・」 二十面相が引きつった表情のままでわたしの腕を掴み、ひょいと持ち上げるといきなりお尻を蹴り上げた。ああ、もうほんとにだめ、信じられない、どうなってるの、しいか、もう絶体絶命。蹴り上げられた痛みがすごすぎて逆に痛くない。もうおしまい?このまま起き上がれない?意識が飛ぶ、飛びそう、もう限界・・・。 蝶が、さっきの蝶がまぶたの裏で飛んでいる。蝶?そうだ、蝶だ!最後の、さいごのちからで言ってみよう、これでだめならもうお終い。言ってみて、しいか。 「右豚右豚左豚右豚右豚時計蝶!」 あははは。風が歌ってる。あはははは。あの人も、わたしも。この太陽の下、また追いかけっこね。至福の時間よ。わたしたちには未来がある、誰にも言わないでね。二人の秘密。でもここはどこ?あなたはだれ?そう、あなたは、あなたはわたしのやさしい人、あはははは。つかまえて、わたしを。あなたのそのたくましい腕で。光を、ひかりを吸い込んで歌うわ、あなたとわたしの歌を。わたしを離さないで、わたしをつかまえていて。 ・・・あぁ・・・どこからか声がする、逢いたかった、懐かしい声、あぁ・・・ ・・・しいか、しいか。眼を覚まして。・・・僕の声が聞こえるかい? 突然、眼が覚める。意識を失くしていたんだわ。えっ?でもどうなったの?二十面相は?今の声、今わたしと一緒にいた人は? しいか。しいかちゃん。 え? ゆっくりと顔を上げる。わたしの前に誰か立ってる。誰かが。え? 「しいか。眼が覚めたかい?もっと早く呼んでくれればよかったのに。なんでこんなになるまで僕を呼ばなかったの?」 答えられない、ううん、そうじゃないの、うれしくて、あなたにやっと逢えてうれしくて、声にならないの。「まどそら堂で恋を探そう」で出会って以来、何年たったかしら。ずっと、ずっと逢いたかったのよ・・・。 「ひょっとして呪文を知らなかったの?ご主人教えてくれなかった?」 そう言うと棚の下敷きになったままで動けないご主人のそばに寄った彼が、軽く左手を振ると散らばった本が音もなく棚に収納され、逆回転みたいに壁に吸い寄せられて元に戻ってしまった。魔法が使えるのね、わたしの彼。うそみたい。 「しっかりして、ご主人。ケガしてない?」 そう言いながらご主人を抱き起す彼。・・・すてき。 「・・・だいじょうぶ、ありがとう、王子。久し振りだな」 「うん、それよりご主人、しいかに呪文を教えてなかったのかい?ぼくは彼女が呼ばないと出てこれないんだよ、いまは彼女の部屋住みだからね」 「そうだったな、ごめん、忘れてたよ。ところで、あいつは?二十面相は?」 あぁ、と言いながら彼が右手をくるりとひねると、その指先にあの極彩色の蝶が。ご主人はすぐさま床に落ちていた虫かごを拾い上げると、無造作に蝶を放り込んだ。それを見ていた彼が、ちょっとおいたが過ぎるね、この人、って言いながら蝶に笑いかけてる。どうやって倒したのか見たかったな、でも見ちゃったらかっこいい彼の勇ましい姿にまた惚れ直しそう! 「そろそろ戻るね。じゃあね、しいか」 えー、もう行っちゃうの?逢えたばかりだっていうのに。それにわたしだけ意味がわかってないの。まどそら猫をしばらくかまっていた彼が、じゃあ、ってひとこと言ったかと思ったら小さな煙とともに消えてしまった。あーあ、行っちゃった。 「・・・ご主人、ちゃんと説明してください。わたしさっぱりわかりません、どうなっちゃってるんですか?」 「うーん、そうだね、まぁ、今日のところはなんだから、また明日ってことで」 そう言ってはぐらかそうとするから、そういうわけにはいきませんって強く言いながらにじりよると、ご主人も観念したのか、それともほとほと疲れたのか、じゃあ、そこ座ってと、椅子を拾い起す。向かい合って座ると(ご主人に叩かれて、二十面相に蹴られたお尻が痛い)ご主人、おもむろに語り始めた。 ・・・・・・というわけなんだよ。信じられないだろうけど、それが真実なんだ。けれどこれは誰にも言ってはいけないよ。しいかちゃんの胸の中にだけ収めてほしい…。 そんなー、無理。黙ってられないよー、それに信じられないよ、そんなお話!みんなだって聞きたいでしょ!勘弁してー! 結局その日は早仕舞いして、わたしもまどそら猫と一緒にアパートへ帰ってきた。ご主人、買取のお宅に電話して日にちを変えてもらってた。確かにそれどころじゃなかったわね。でも。でも信じられない。ご主人の言った言葉を反芻してみる。・・・やっぱり無理。いったいそんなお話だれが信じるっていうの?そうだ、彼に聞いてみればいいかしら。ちゃんとお話してないし。あっ、だめだった。ご主人こう言ってたわ、彼を呼び出す呪文はそのつど変わるって・・・。それを知っているのはご主人で、結局また聞き逃しちゃった。あーあ。 それから数日後。お店もきれいにかたずけて、いつものまどそら堂に。ご主人もいつも通り。納得できていないのはこのわたしと読者のみなさんよ。そうでしょ、みんな。今日はご主人の口からみなさんにちゃんと説明してって言うつもり。ちゃんとわかるようにね。 「ざーす」 「ざーす」 うん、いつもといっしょね。ご主人、って声をかけようとして。・・・かけようとして。フリーズ。後頭部、ご主人の後頭部の下、首筋に。 えっ? (おわり) 以下、「まどそら堂しいかちゃんの空想列車・SF編」に続く!一挙に謎解き!期待して待て。ポッポー! 今日の国分寺は晴れ。ほんといい気持だね。明日は木曜日。まどそら堂は定休日です。金曜日にまたお会いしましょう。 今日流れているのはビートルズ。久し振りに「アビーロード」を。
by yoshizo1961
| 2014-04-23 13:58
| 創作
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