やりたいこと&生活

 前回の「虎の穴」の話を。

 オリンピックで活躍する選手を紹介するニュースで、最近かならずといっていいほど出てくるのが小学生のときに書いた文集だ。ニュース記事ではありきたりの手法なんだろうが、たいてい将来の夢などを綴っているので都合がよい。オリンピックに出てメダルをとりたいです、と書いてある。

 サッカーの本田のときもそうだった。セリエAで10番をつける選手になりたい、と書いていた。そして、本当にそうなった。思い描いた夢を、子どもの頃から追い続けて努力した子どもたちの、ほんの一部だけが到達する頂点。

 誰よりも努力したのに一番になれない。自分ではなく周りの都合で断念せざるを得ない。そんな子どももいっぱいいる。小さい頃から「業」のようなものを感じ、子どもであるのに諦念の境地で生きている子どもだっているかも知れない。

 どんな子どもでも、いずれ大人になっていく。何らかの目的を持って生きていくわけだが、子どもの頃描いた通りに生きている大人なんて、ほとんどいない。けれどもそれに近づこうと努力して生きている大人はたくさんいるに違いない。努力というところまでは行かないまでも、自分が夢見ていた地点に沿うように生きていくだけでもましか。

 大人になって自分が夢見ていたことをやりたいようにやることが出来なくて、生活との両天秤で生きていても、どちらかのバランスが崩れれば、あっという間に瓦解する。器用にどちらも上手くまわせたらいいけれども。そのバランスを上手く保ちつつやれているうちは疑問にも感じないだろうが、上手くいかなくなってしかも引き返すことも出来ない年齢ともなれば、両天秤の生き方がむなしく映る。

 前回の「虎の穴」では、そういった「生業と本業」という捉え方の相違で議論になった。言葉や定義の齟齬がメンバー全員にあったのでまとまるわけもなく、中途半端な議論になってしまった。ややこしくてしかもデリケートなことなので、もう少し頭を冷やして考えなくては、と。

 やりたいことと生活を分けて考えられるのであれば、それでいいのだ。分けられない人はそれが苦しみなのである。どちらが正しいという話ではないが、ただ人それぞれ、では済ませられない気もする。考えたけど実際よくわからない。というか、答は解っていたのだけれど、考えてたら違う答も出てきてしまいよく判らなくなってきた、というところ。もう少し時間をかけて考えたい。そんな「虎の穴」の夜であった。

 今日の国分寺は晴れ。雪はすべてを停滞させてくれる・・・。

 今日流れているのはサックスのあの曲。しばらくこれかな。

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by yoshizo1961 | 2014-02-16 15:48 | 虎の穴あれこれ | Comments(0)
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