「虎の穴」の夜

 昨夜の晩は虎の穴であった。
 
 引き続き「中二病」について考察した。参加者は店主を含めて3名。どうも店主の頭がうまく働かず、いまひとつ理解が及ばないただのおやじと化していた為、参加者の発言に鋭く切り込むことが出来なかった。中二病に何か特別な意味を求めているわけではなく考察する対象としてあるわけだが、ともすればその意味とか由来とかそのあたりを確かめ合うだけで話が進みがちになり、本質に肉薄する言葉なり表現がうまく出てこないので、どこか本質の周辺をさまよう3人・・・という感じであったか。

 とはいってもさまよっているのは店主一人で、参加者二人は同じくらいの年代であるから同世代の共通言語で理解しあえているようでもあった。世代の違いと捉え方の違いとを重ねて考えることはしたくないので、つまり店主の理解力と考察力とが乏しかったということだろう。

 というわけで参加者の了解をいただき、「中二病」から派生し、セカイ系ともいえる作品を掲載しますので、作品そのもので考察ください。私も今一度、自問自答してみます。


こどもの失恋には、ときに
自己の存在が足元から揺らぐような
強烈な恐怖と苦痛が伴う。

あなたがわたしでないだなんて。
わたしがあなたでないだなんて。

その事実をつきつけられる瞬間。
事実を受け入れなければならない瞬間。


私がこどもだった頃
私は、私の世界のなかに住んでいた。

私はなにもかもと一心同体で、世界の全てを俯瞰し
把握し、理解し、統制することができた。

愛する彼/彼女らと無条件に分かり合えると信じていた。
全能な私は、安心して世界を思うままにできた。

しかし
恋人との、家族との、その他もろもろとの失恋の果てに
私は私の世界の住人と離別した。
それはほんの2,3年前の出来事。

そして
初めて他者と出会った。


「私」が全から一になる瞬間。
私が一だということは
彼/彼女も一なのだと諒解する瞬間。

私と愛する誰かは、同じものではなく
彼/彼女もまた他者なのだった。
私もまた一人の個の人間なのだった。


恐怖と苦痛に見舞われながら、私は、生まれて初めて、世界を覗きこむ。
思い切って、飛び込み、接触し、他者に身を任せる。

離別。

同時に他者との初対面。


はじめまして。



パフォーマンスアート『離別。他者との対面』に添える文章
                           成瀬みやか

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今日の国分寺は晴れ。みやかさんの作品はお店の「虎の穴」コーナーでも見られます(上の画像)。次回の「虎の穴」は2週あとの12月16日(月)を予定しております。次回のテーマは「ポストシラケ」です。もうひとりの参加者が次回のテーマに沿った音楽による表現を示唆していましたので、次の回はライブが見られるかも!(プレッシャーじゃないよー)

本日のBGMはクロノス・カルテット。静かな夜です。
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by yoshizo1961 | 2013-12-03 17:29 | 虎の穴あれこれ | Comments(0)
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