妄想まどそら通り

 昨日、夜更かし通りの話をしたがその延長戦。

 考えてみれば確かにシャッター通り感はあるけれども、通りを上ればパン屋のキィニョンさんや洋服のalvaさん、その向かいにはシロさんもあるし、お店の斜め向かいにはレストランのSAPOさんもある。みんな有名だったりセンスがよかったり、美味しかったりする。そして通りを下っていけば、今ゆったりできる感ベストワンのカフェ、ねじまき雲さんもある。だから、閉塞感を感じる程の事でもない。

 しかし・・・だ。お店の店頭で何かしていると、よく尋ねられるのが「お鷹の道」への道順だが、それ以外に多いのが、通りを下ったところにある超有名なカフェスローさんだったり、うちのお店の裏手、ハケの上にあるローズガーデンさん(こちらも超有名)だったりする。たまにはうちのお店も尋ねられたいものだ。あのー、まどそら堂って古本屋どこですか?えっ?まどそら堂?まどそら堂ならうちですが・・・。あぁ?あーここですか、アハハハ。いやぁ、ここです、アハハハー。なんて。

 お店の前のこの通りとこのお店をなんとかせねばと昨日書いたが、実際の、店主の頭の中はこんな具合。(⇒ここから妄想列車、出発進行です)70年代、栄華を極めた夜更かし通りもいまやその面影もなく、小平や府中に向かう車の通り道に過ぎなかった。駅寄りにある一本向こうの通りは、大勢の人々が行きかい、活況を呈していたが、何時からか回り道をすると体に良いという噂が広まり、駅の南口を出た人々は、途中の殿ヶ谷戸庭園の脇の道から回り道をして、古本屋の前の通りを歩くようになった。
 
 回り道をするようになった東経大の学生さん達の間では、学校の行き帰りに古本屋で、一冊本を買うと、恋人ができたり、就職が決まったりと、良い事が起こるというジンクスが生まれ、夕方には本を求める学生さんでごった返すありさまであった。突然賑やかになった通りを走る、府中行きの京王バス乗車の人々も、何やらつられて古本屋前で途中下車するようになり、何故か京王バスも「みなみちょうー」ではなく「まどそらどーまえー」と連呼するようになった。この村おこし的突発性活況に驚いた行政は、その功績を称えてこの通りの名称を「まどそら通り」とし、そのネームの入った標識を古本屋の前に建てたのであった・・・
 

 (まだまだ妄想列車暴走中)
 「あのー、すみません・・・、お会計・・・、あっ、あのー!」
 「・・・えっ?あ、あぁ、すみません、つい居眠りを・・・。申し訳ありません」
 「いえいえ、よく眠ってらしたから・・・でも、後ろが」
 「えっ?後ろ?」
 
 眠たい目をこすりながらそのお客様の後ろを見ると、本を抱え会計を待つお客様の列がお店の外まで続き、あわてて外に飛び出して最後尾を探しても、はるかに遠くて見えない。言葉も出ないまま、ゆっくり顔を上げると、そこには「まどそら通り」という標識が、昔からそこにあったかの様に、鎮座ましましていた。

 「おーいっ、起きろっての!」
 「えっ?あぁっ?また夢?また寝てた?」
 「ちょっとしっかりしなさいよー。お客様がいたら恥ずかしいでしょ!」
 「いやぁー、夢の中で夢みてたよー、でもこれも夢じゃないよね?」
 「つねってみる?」
 「つねって、つねって」
 「ギュゥー」
 「いてーーーーーーーーーーーー!もっとー!」
 「バコーン!」
 
 こうして夢は飛び散っていった。おわり
 
 今日の国分寺は晴れたり曇ったり。支離滅裂な日もあります。

 本日のBGMはまたまたブライアン・イーノ。抜けられません。

 
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by yoshizo1961 | 2013-11-03 17:36 | お店あれこれ | Comments(0)
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